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強行と喪失
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「……誰?」
薄暗い中で目を開けると、そこには蒼白な顔のヴィーネが立っている。その手には月の光を照り返すように、金属の冷たい光が握られていた。刃物……台所の包丁!?
「ヴィ、ヴィーネ……?」
隣でグラントも慌てて起き上がる。部屋の空気が一瞬にして凍りついたように思えた。彼女の瞳には涙が浮かんでいる。それは絶望とも狂気とも判じがたい、深い悲しみの色。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私、どうしていいかわからなくて……」
震える声。包丁が小刻みに揺れる。私の心臓は喉元まで跳ね上がった。彼女がどうしようとしているのか、まったくわからない。
「落ち着いて、ヴィーネ! どうして包丁なんか持っているの? 危ないわ!」
ベッドから降りようとした瞬間、彼女はあたふたと後ずさりした。刃先がこちらを向いたまま。思わず私も動きを止める。
「や、やめて、リリアナ、近づかないで……!」
乱れた呼吸を繰り返しながら、ヴィーネは包丁を握りしめる手をさらに強く握る。私たちが刺激すれば彼女が衝動的に何かをしてしまう恐れもある。グラントも静かに手のひらを上げて、制するように声をかけた。
「落ち着け、ヴィーネ。俺たちはおまえを傷つけようなんて思ってない! 話を聞かせてくれないか?」
「話なんて……! 私は……、私は、みんなの邪魔でしょ? 家にいたって嫌われて……リリアナさんにも迷惑かけてばかりで……!」
「そんなことはない! ヴィーネ、おまえが苦しんでいるのはわかる。それでも俺たちはおまえを追い出そうなんて思ってるわけじゃない!」
「嘘……! だって、私のせいであなたたち夫婦はこんなに苦しんで……!」
ヴィーネが声を上げるたびに刃が揺れる。その光景は背を冷たい汗が伝うほど恐ろしい。けれど、彼女が今どれだけ追い込まれているかも痛いほど伝わってくる。
私はどうにか冷静を保ち、彼女に言葉を届けようとする。
「ヴィーネ……あなたが私たちを苦しめているんじゃない。確かに、いろいろあった。でも、私もあなたのことを想っているの。これは本当よ」
「嘘……そんなはずない。私がグラントさんを奪おうとしてたから、リリアナさんはこんなに……!」
「違うわ。私はあなたに嫉妬して苦しんだけど、あなた自身を憎んではいない。ただ、私の夫を取らないでほしいと思った。でも、それをあなたに押しつける形でしか言えなかったことを後悔している……」
必死に訴える私の声が、果たして彼女の心に届いているか。ヴィーネの目には涙が溢れ、その頬を伝う。
グラントも布団をどかし、そっと一歩足を床につけた。包丁がこちらに向いているが、彼はゆっくりと彼女に近づこうとする。
「ヴィーネ……頼むから、包丁を置いてくれ。話をしよう。俺たちはおまえを一人にしない。ずっと抱え込まなくてもいいんだ」
「……グラント、さん……」
ヴィーネの声には弱さがにじむ。私も立ち上がり、手のひらをそっと前に差し出す。
「ヴィーネ、あなたは私たちを傷つけるつもりで来たわけじゃないのよね? 絶望に飲み込まれないで。あなたが苦しんできたこと、私たちにもっと教えて」
「私が苦しかったのは、グラントさんがそばにいないと夜が怖いから……。でも、それだけじゃない……私、恨むべき相手を憎めなくて……親を殺されたのに、あなたを……憎めなくて、そんな自分が怖いの……」
薄暗い中で目を開けると、そこには蒼白な顔のヴィーネが立っている。その手には月の光を照り返すように、金属の冷たい光が握られていた。刃物……台所の包丁!?
「ヴィ、ヴィーネ……?」
隣でグラントも慌てて起き上がる。部屋の空気が一瞬にして凍りついたように思えた。彼女の瞳には涙が浮かんでいる。それは絶望とも狂気とも判じがたい、深い悲しみの色。
「ごめんなさい……ごめんなさい……私、どうしていいかわからなくて……」
震える声。包丁が小刻みに揺れる。私の心臓は喉元まで跳ね上がった。彼女がどうしようとしているのか、まったくわからない。
「落ち着いて、ヴィーネ! どうして包丁なんか持っているの? 危ないわ!」
ベッドから降りようとした瞬間、彼女はあたふたと後ずさりした。刃先がこちらを向いたまま。思わず私も動きを止める。
「や、やめて、リリアナ、近づかないで……!」
乱れた呼吸を繰り返しながら、ヴィーネは包丁を握りしめる手をさらに強く握る。私たちが刺激すれば彼女が衝動的に何かをしてしまう恐れもある。グラントも静かに手のひらを上げて、制するように声をかけた。
「落ち着け、ヴィーネ。俺たちはおまえを傷つけようなんて思ってない! 話を聞かせてくれないか?」
「話なんて……! 私は……、私は、みんなの邪魔でしょ? 家にいたって嫌われて……リリアナさんにも迷惑かけてばかりで……!」
「そんなことはない! ヴィーネ、おまえが苦しんでいるのはわかる。それでも俺たちはおまえを追い出そうなんて思ってるわけじゃない!」
「嘘……! だって、私のせいであなたたち夫婦はこんなに苦しんで……!」
ヴィーネが声を上げるたびに刃が揺れる。その光景は背を冷たい汗が伝うほど恐ろしい。けれど、彼女が今どれだけ追い込まれているかも痛いほど伝わってくる。
私はどうにか冷静を保ち、彼女に言葉を届けようとする。
「ヴィーネ……あなたが私たちを苦しめているんじゃない。確かに、いろいろあった。でも、私もあなたのことを想っているの。これは本当よ」
「嘘……そんなはずない。私がグラントさんを奪おうとしてたから、リリアナさんはこんなに……!」
「違うわ。私はあなたに嫉妬して苦しんだけど、あなた自身を憎んではいない。ただ、私の夫を取らないでほしいと思った。でも、それをあなたに押しつける形でしか言えなかったことを後悔している……」
必死に訴える私の声が、果たして彼女の心に届いているか。ヴィーネの目には涙が溢れ、その頬を伝う。
グラントも布団をどかし、そっと一歩足を床につけた。包丁がこちらに向いているが、彼はゆっくりと彼女に近づこうとする。
「ヴィーネ……頼むから、包丁を置いてくれ。話をしよう。俺たちはおまえを一人にしない。ずっと抱え込まなくてもいいんだ」
「……グラント、さん……」
ヴィーネの声には弱さがにじむ。私も立ち上がり、手のひらをそっと前に差し出す。
「ヴィーネ、あなたは私たちを傷つけるつもりで来たわけじゃないのよね? 絶望に飲み込まれないで。あなたが苦しんできたこと、私たちにもっと教えて」
「私が苦しかったのは、グラントさんがそばにいないと夜が怖いから……。でも、それだけじゃない……私、恨むべき相手を憎めなくて……親を殺されたのに、あなたを……憎めなくて、そんな自分が怖いの……」
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