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12.たどり着いた安息
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森の中を駆ける馬は激しい雨に視界を奪われながらも、ロイド卿の手綱捌きで必死に進んでいく。
肌を打つ雨は冷たい鞭のように、容赦ない痛みを伴って降り注ぐ。
体をかがめ、ロイド卿の背中にしがみついていると、
彼の心臓の鼓動が淡く、しっかりと伝わってきた。
「目を開けるな、枝が危ない!」
彼はわたしの耳元で怒鳴る。
その言葉に従い、目を閉じ、ただ必死に耐えた。
自分がどこを走っているのか見当もつかない。
ただ彼の身体の動きだけが頼りだった。
どれくらい駆け続けたのだろう。
やがて、建物らしきものが視界の端に映りはじめた。
ロイド卿が馬の速度を落とし、そして忽然と現れた小屋の前で、ようやく馬を止めた。
「ここだ…あったぞ」
苔むした古い木造の小屋。辺りには人の気配などなく、雨音が激しく降り注ぐだけ。
ロイド卿はさっと馬から降りると、わたしを支えて下ろしてくれた。
足元が泥に沈みそうになるのを必死にこらえながら、小屋の扉を押し開ける。
中は埃臭く、暗闇が支配していた。
小屋の中で雨風は防げるし、隙間からかすかに光る外の稲光で狭い室内の位置関係は何とか把握できる。
ロイド卿はすぐさま懐で火打石を取り出し、わずかな灯りを確保しようとする。
そして壁際に転がっていたランプを見つけ、何とか火を灯した。
そうしてようやく姿を確認できた。
「旦那様、けがはありませんか?」
わたしの声は震え、しかも全身が雨で冷えきっている。
ロイド卿もまた胸元までずぶ濡れで、髪から滴る水が頬を伝っていた。
「いや、大丈夫だ。そっちこそ寒そうだな…」
そう言うなり、彼は自分のマントを脱いでわたしの肩にそっとかけてくれた。
そのマントさえも雨をたっぷり含んでいて、むしろ冷たいままだった。
わたしはかすかに頬を紅潮させ「ありがとうございます」とつぶやいたが、
それ以上の言葉が出てこない。
あまりにも急な展開に頭が追いつかない。
「ちょっと待っていろ。中を探してみる」
そう言って、ロイド卿は小屋の奥へ足を踏み入れた。
わたしはランプを手に、恐る恐る周囲を照らす。
埃と蜘蛛の巣が絡みあい、使われなくなって久しいことがうかがえる。
物置のような木箱の山があり、その上に古びた毛布や干し草が見えた。
揃っていたはずの狩りの道具もいくつか散乱している。
この小屋はどうやら、森を訪れる狩人や伐採者が一時的に宿をとるためのものらしい。
「こっちに少し薪がありそうだ」
ロイド卿の声が聞こえた。
奥まった場所には乾いてはいないにせよ、まだ燃やせそうな木片がまとまって置かれている。
「火を起こすには苦労しそうだが、やるしかない」
彼はそう呟いてから振り返り、
「身体を冷やさないようにそこで待っていろ。できるだけ早く暖を取れるようにする」
と厳しくも温かみのある眼差しを向ける。
わたしはただ「はい」と答えた。
そして壁際に腰を下ろし、濡れた衣服の感触に寒がりながら彼を見つめる。
肌を打つ雨は冷たい鞭のように、容赦ない痛みを伴って降り注ぐ。
体をかがめ、ロイド卿の背中にしがみついていると、
彼の心臓の鼓動が淡く、しっかりと伝わってきた。
「目を開けるな、枝が危ない!」
彼はわたしの耳元で怒鳴る。
その言葉に従い、目を閉じ、ただ必死に耐えた。
自分がどこを走っているのか見当もつかない。
ただ彼の身体の動きだけが頼りだった。
どれくらい駆け続けたのだろう。
やがて、建物らしきものが視界の端に映りはじめた。
ロイド卿が馬の速度を落とし、そして忽然と現れた小屋の前で、ようやく馬を止めた。
「ここだ…あったぞ」
苔むした古い木造の小屋。辺りには人の気配などなく、雨音が激しく降り注ぐだけ。
ロイド卿はさっと馬から降りると、わたしを支えて下ろしてくれた。
足元が泥に沈みそうになるのを必死にこらえながら、小屋の扉を押し開ける。
中は埃臭く、暗闇が支配していた。
小屋の中で雨風は防げるし、隙間からかすかに光る外の稲光で狭い室内の位置関係は何とか把握できる。
ロイド卿はすぐさま懐で火打石を取り出し、わずかな灯りを確保しようとする。
そして壁際に転がっていたランプを見つけ、何とか火を灯した。
そうしてようやく姿を確認できた。
「旦那様、けがはありませんか?」
わたしの声は震え、しかも全身が雨で冷えきっている。
ロイド卿もまた胸元までずぶ濡れで、髪から滴る水が頬を伝っていた。
「いや、大丈夫だ。そっちこそ寒そうだな…」
そう言うなり、彼は自分のマントを脱いでわたしの肩にそっとかけてくれた。
そのマントさえも雨をたっぷり含んでいて、むしろ冷たいままだった。
わたしはかすかに頬を紅潮させ「ありがとうございます」とつぶやいたが、
それ以上の言葉が出てこない。
あまりにも急な展開に頭が追いつかない。
「ちょっと待っていろ。中を探してみる」
そう言って、ロイド卿は小屋の奥へ足を踏み入れた。
わたしはランプを手に、恐る恐る周囲を照らす。
埃と蜘蛛の巣が絡みあい、使われなくなって久しいことがうかがえる。
物置のような木箱の山があり、その上に古びた毛布や干し草が見えた。
揃っていたはずの狩りの道具もいくつか散乱している。
この小屋はどうやら、森を訪れる狩人や伐採者が一時的に宿をとるためのものらしい。
「こっちに少し薪がありそうだ」
ロイド卿の声が聞こえた。
奥まった場所には乾いてはいないにせよ、まだ燃やせそうな木片がまとまって置かれている。
「火を起こすには苦労しそうだが、やるしかない」
彼はそう呟いてから振り返り、
「身体を冷やさないようにそこで待っていろ。できるだけ早く暖を取れるようにする」
と厳しくも温かみのある眼差しを向ける。
わたしはただ「はい」と答えた。
そして壁際に腰を下ろし、濡れた衣服の感触に寒がりながら彼を見つめる。
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