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012話 激突ですか?勇者さま。②
しおりを挟む二人の気持ちが錯綜する。
『敵』だ。
攻めて来た者と護ろうとする者。
お互いの立場から言えば『敵』なのは間違いない事なのだが…。
キャスティは思いを込め、フェンに撃ち込む。
自分では到底、勇者フェンには敵わないと諦め掛けていたキャスティだが、、
紅い鎧の獣人が生きていると分かった途端にフェンは『人間』に戻った。
・・・と、キャスティは感じたのだ。
事実、感情の無い『物』から『人間』に…それは『勇者』に戻ったとも言えた。
だが、人間に戻ったフェンの見せた表情は敵に対する『怒り』であり、何らキャスティにとっての事態が好転した訳ではなかった。
唯一、勇者フェンの感情が露になり、先程の無感情な殺気の読めない相手では無くなった事は救いだった。
何も感じない、考えない『物』と化した勇者に、塵芥の様に殺されるのだけは嫌だ。
私はキャスティだ!
ここに居て、生きている!
フェンからの斬撃は刀で語り掛けてくる様だった…『お前の正義とは何だ!』と。
太刀筋は初見の時の様に繊細さを取り戻し、まるで二人が事前に示し合わせた剣舞を披露しているかに見えた。
誰もが見いってしまいそうな見事な剣舞だが、当人、、キャスティの内心は穏やかではなかった。
『私だって、こんな・・・』
否定したかった、、この現状を。
こんな事、私の、、私が望んだ事じゃない!!
・・・今すぐ否定し、謝罪して、、誤解だと伝えたい・・・。
・・・が、否定出来ない、、否定したくない事もある。
それは、今までの鍛練・・・研鑽だ。
その結晶である剣技は、誰の物でもなく、私自身が得た私の物だ。
私の積み重ねて来た人生は決して嘘や偽りではない。
その剣技、実力をもって勇者フェンと今、対峙し、渡り合っているのだ。
一撃、一撃、打ち合う度に自分の鍛練が本物だ、と、証明されるような…認められる様な気がした。
勇者フェンは今、何を感じているのだろう…?
…私の剣技どうですか?
…お役に立てませんか?
…私を勇者パーティに…
「・・・と、言えたら、、な・・・」
思わず口に出して呟いてしまう。
!!・・・言っちゃ駄目だ!
別に言う事が難しい訳ではない。、、ただ、、、
断られるのが・・・怖いのだ。
勇者に断られる=キャスティの存在が否定される事の様に思えるからだ。
年頃の娘なのだし『他の道も…』って、、普通の娘なら言われるのだろうが…
私・・・他に何が、、、
・・・キャスティは考えるが、何も思い付かないのだ。
当たり前の様に『勇者パーティに』と信じていたキャスティは『他の通』など思い付かなかったのだ。
キャスティの迷いはフェンにも伝わっていた。
敵と戦っているというのに迷いの有る剣なのだ。
それだけではない。
なぜ?、、この太刀筋・・・?
否応なく、分かる。
フェンが幼少の頃から習って習熟を続けて来た剣技と…型と…同じ?
確かに細かい部分に違いが有るが、基本が同じなのだ。
この人も爺ちゃんから剣を学んだのか?…いや、それは無い。
少なくとも僕と同じか少し上か、という年齢に見えるこの彼女には身に付けるだけの時間は無かった筈だ。
キャスティ本人の時間、ではない。
ジンの方の時間が、だ。
フェンと住んでいたジンは、確かに仕事で家を空ける事が多かった。
だが、ここまでの鍛練を教えられる程の期間、家を空けた事は無かった。
当然ながら、ガルンで別れた後、ここまで教え、身に付けさせるのも不可能だろう。
フェンが剣舞の如くキャスティの剣を受けられたのも、型を知っている事と…
・・・剣が素直なのだ。
基本に愚直な迄に忠実な太刀筋・・・。
それは剣の鍛練を素直に信じて続けて来た者である証拠だ。
それが信じられない者達は『完成された剣技』に『雑味』を加えてしまう。
先人達が幾多の戦いの末に修得した剣の型…それすらマスターする前に自身の剣の通に走るのだ。
特に対モンスターを主体とする剣技と、最近の対人間を想定した剣技との差は顕著だった。
ジンも進んで伝承を、、弟子を取ろうとは思っていなかったのだろう。
勇者ともなれば『師事したい』という者も少なからず居たはずだ。
なのに、一緒に住んでいたフェンでさえ『弟子』という話しすら聞いた事が無かった。
フェンは知らない。
ジンが他の者が師事する事を許さなかった理由を。
それは、、第三者から見れば『取るに足らない理由』だった。
だが、勇者ジンにとっては『何よりも優先すべき理由』だったのだ。
それは・・・
フェンだ。
弟子を希望する者達からすれば『世界を守る為の力の継承の為』ならば『一人の子供の寂しい気持ち』など、取るに足らない事に思えただろう。
現実的に見てもそうだ。
世界が滅んでしまっては『寂しい』も何も無いのだから…
だが、ジンは・・・そうはしなかったのだ。
勇者の使命、、依頼は果たすが、それ以外の時間は孫の為…フェンの傍に居る事を選んだのだ。
唯の好好爺としてでは無い。
フェンが生き抜いて行ける為に勇者の知識と力、、剣術を教え込んだのだ。
フェンも鍛練は嫌いではないらしく、嫌がらず、素直に勇者の技術を学び吸収していった。
そのフェンの身体に染み付いた物と同じ剣技を操る剣士…
何の根拠も無いが、『根は悪い人間ではない』様な気がする。
同じ剣技を学んだという仲間意識から、そう思いたい自分が居たのだ。
それに、爺ちゃんは悪人に…自分の剣を悪用する様な人間には教えたりしない。
この女性は年齢的に見て、爺ちゃんから教わった誰かに更に教わった、、所謂、孫弟子なのだろう。
この町を襲いに…獣王の討伐に来た、と言っていたので敵には違いないが、、
未だにキャスティが斬られていないのも、フェンの中に生まれた『このまま倒して良いのか?』との迷いが在った為だった。
先程までのフェンなら何の迷いも無く、即、斬り捨てて終りだっただろう。
その点、キャスティは『幸運』だったのだ。、、本人は知る由もないが。
『どうしてこうなった?』と後悔しきりのキャスティだが、歯車が狂えば既に生きてはいなかったのだから。
父より勇者ジンと同じ型の剣術を学び、死んだと思った獣人は生きており、何よりフェンと剣を合わせる機会を得たのだ。
そして、、今、生きている。
・・・これを幸運と言わずして何というのか?
だがキャスティ自身は『幸運』だと感じていなかったのだ。
・・・ソラ、、は今頃…無事に逃げられて一息吐いているのかな?
キャスティは自分を置き去りにして逃げたであろうソラの事が頭に浮かぶが、不思議と怒りは湧かない。
それは、、なぜ?
自分でも分からない。
だが、これだけは言える。
ソラは嘘つきではない!
そう。ソラは『危なくなったら私は逃げるからね♪』と公言して憚らなかった。
『何を馬鹿な』と、キャスティはソラの冗談だと笑い飛ばしたのだ。
だが、今なら解る・・・。
生き残れるなら生き残るべきなのだ。
私の様に八方塞がりで後悔する位なら『どうしても無理なら逃げる』…当たり前の事なのだ。
私が死んでもソラが町へ戻ってくれれば、少なくとも行方不明では無くなる。
討伐隊の冒険者達がどうなったのか伝えてくれる事だろう…私の事も…。
父には悪いが、相手は獣王に正統な勇者だ。
正々堂々と戦ったが力及ばず・・・で、納得してもらう他ない。
だが、たった『一言』でキャスティの予定は裏切られる事になる。
「何をやってるのよ!キャスティ、早く勇者を倒すのよ!!、スタン!」
「ソ、ソラ・・・どうして?・・・なぜ来たの?」
なぜ?、とは、おかしな物言いだと、自分で言いつつキャスティは思う。
キャスティも先程までは『勇者フェンを倒してソラの元へ!』と思っていたのだから。
・・・いやいや、そこが問題なのではない。
日頃から『危なくなったら逃げる』と公言するソラがなぜここに?
・・・獣王はどうしたの?まさか倒して?
・・・の訳がない。
あの獣王が倒せる位なら、この勇者フェンとて物の数では無いだろう。
どうやったかは分からないが逃げられたんだ・・・
心底、『ホッ』っとした…が、、なら、なぜ?
「なぜ?ソラ。なぜ逃げなかったの?」
「いいから!スタン。時間が無い、、早く!、スタン。」
「えっ?・・・でも・・・」
キャスティも混乱する…逃げられて良かった、と思っていたソラが目の前に現れては仕方がない。
でも・・・もしかして・・・私の、、為に?
内心、逃げずにキャスティの元へ来てくれたのが嬉しかったのだ。
だが、、勇者を・・・殺す?
私が?・・・人間の希望である勇者を、、私が?
「何をしてるの!この男…スタンが…効きづらいんだから…スタン。」
先程からソラは連続でスタンを掛け続けているのだ。
だが、やはりフェンが止まるのは一瞬なのだ。
「早く!早く倒すのよ!キャスティ!」
勇者を目指して来た者が、勇者を?
馬鹿げている・・・なんて不毛な戦いだろう。
そもそも、どちらが生き残った方が世界の為になるのか?
と、問われたら…普通に考えれば勇者フェンだろう。キャスティは思う。
だがそれは、、自分の命が掛かってなければ、の答えだ。
キャスティとて死にたくはない。
これから鍛練を重ね、今の勇者フェンを超える実力を付けられる可能性だって0ではないのだから。
ソラとなら、、、出来るのかな?
キャスティの迷いを見透かした様に、フェンは急に現れて自分を『倒せ』と言うソラへ向かう。
!!…迷っている暇は無い、、ソラが危ない。
重大な決断なのに、即断しなきゃなの?!
勇者フェンは正しいかもしれないけど…ソラを殺させる訳にはいかない!
キャスティは直感で決める。
初見の勇者より、同じパーティメンバーのソラを助ける!
短いスタンを繰り返すフェンは『コマ送り』の様にソラへ接近して行く。
「キャスティ!早く倒さないと、彼奴が、、」
「解ってるわよ!!」
ソラへと向かうフェンを追い、後ろから斬りかかる。
「早く、早く、殺・・・」
ソラが言い掛けた瞬間、、、
『『ガキンッッ』』
『がはっっ…』突如、何かが飛来し、キャスティごと吹き飛ばされる。
何が?・・・何が起こって、どうなったの?
何が?・・・!?・・・勇者、、フェン?
衝撃と共にキャスティに向かって飛んで来たのは勇者フェンだった。
『うッッ…』強く背中から激突し、呼吸が定まらない。
勇者フェンも気を失っている様で動く気配がない。
・・・今なら!
自分に覆い被さって意識の無い勇者なら…このまま背中に剣を突き立てるだけだ。
・・・勇者を殺せる。
勇者が目覚めたら、またソラを殺そうとするだろう・・・殺すしか、、、っ!
そう言えば、、ソラは?
ソラへと向かうフェンが、まるで飛礫の様にキャスティに飛来したのだ。
それは、ソラの方向から『何らかの力が』…勇者フェンを吹き飛ばす程の力が働いたという事だ。
ソラの隠していた秘密の力?・・・なの?
キャスティはフェンの肩越しにソラを見る。
えっ!!!・・・「ソラ!!」
ソラが倒れている。
誤って転んだ、訳がない・・・これは・・・
離れていて分かり辛いが、斬られた、、の?
背中がバックリ割れて血が・・・
「ソ、ソラ!!、ソラ!!、ソ・・・」
その瞬間、ソラの名前を呼び続けていたキャスティの時間が止まる。
『ビクッ』、、キャスティが固まったのだ。
逆らえない動物の本能によって。
倒れているソラの向こう側へ姿を現した者。
・・・獣王!?なぜ!!?
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