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28.紡ぎ繋ぐ未来
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降り注ぐ陽光に包み込まれる感覚は時に眠気を誘う。
今年もまた穏やかな春がやって来たと、あたたかな陽射しに目を閉じた。
しかしぱたぱたと忙しない足音が聞こえて来て、午睡をするにはまだ早いようだと思わされる。
「おかあさま!」
元気な声がベンチに腰かけていたソルフィオーラの中に飛び込んできた。
目を開けると愛しい人に瓜二つな幼い顔。その手には一冊の本があった。
「えほん、よんで!」
たどたどしく伝えられた声に、つい笑みが零れる。
顔は彼そっくり。だが、中身はソルフィオーラそのものだ。
「ええ、もちろんよ」
「わーい!」
返事をすると嬉しそうに顔を綻ばせる我が子が可愛くてたまらない。
どんなに疲れていても、眠くても、ねだられたらついつい応えたくなってしまう。
「今日はどんな本を読んで欲しいのかしら?」
「こ、れ!」
ずい、と差し出された一冊の本。
見覚えのある古ぼけた装丁に、笑みが止まらない。
「──フフッ。本当に好きね、……あなたも」
「このおはなしが、いちばん、だいすき!」
「……ええ、わたくしも、大好き」
それはソルフィオーラとあの人を巡り合わせてくれた、大切な物語。
もう数えきれないほどに読み込んだ。内容だって、もう見なくても分かる。
だがそれでもこの本は親となった今でも開きたくなって、読み聞かせてしまうのだ。
大切な物語を未来へ繋ぐために。
愛しい人の子供を産んだ、その日からずっと欠かさなかった。
それだけ聞かせていれば、この子も好きになって当然だった。
「────魔法に溢れた世界のはしっこに、小さな村がありました」
物語を紡ぎ始めると、小さな体温が隣に腰かけ開かれた本を覗き込む。
ソルフィオーラは我が子を抱き寄せ腕の中に包み込むようにして物語の続きを読み進めていく。
何も持たなかった少年がある日魔法に目覚め、世界を救うため旅に出る。
その道中で彼は運命の出会いを果たす。
二人は色んな場所を旅して、時にぶつかり合いながら絆を深めていく。
何度読んでも飽きない。
幸せな思いに包まれる物語だ。
中でもやっぱり好きなのは────。
「天空の塔から見上げるブルームーンはとても大きく……あら?」
ふと腕の中に視線を落とすと、健やかな寝息が聞こえてきた。
いつの間にやら眠ってしまったらしい。本を読むまで中庭を駆け回っていたから、きっと遊び疲れたのだろう。
ソルフィオーラはクスクスと笑みを零しながら、小さな身体をゆっくりと横たわらせて
膝の上に頭を乗せてあげた。
「……何度も見ても、やっぱり綺麗ね」
開かれたままの本には、絵があった。
ソルフィオーラが大好きな一面を描いた絵だ。
暗い夜空に浮かび上がる幻想的なブルームーン。
未だ実物を見たことは無いが、それを想わせるような人ならソルフィオーラの傍にいた。
「……眠ってしまったのか?」
頭上から振って来た声に見上げると、愛おしそうな眼差しで我が子を見つめる男がいた。
サファイアの双眸に、陽光が反射して煌く蒼い髪。
まるでブルームーンが人の形をとったように、美しい。
「おかえりなさいませ、ブルーム様。本を読んでいたら眠ってしまいましたの」
「……そうか。ただいま、ソフィー」
出かけ先から戻って来たブルームはやや残念そうにしながら、子供とは反対側に腰を下ろした。
その表情に以前呼ばれていたあだ名の面影は見られない。
ソルフィオーラと結婚して以降、人前でも穏やかな表情をするようになった彼を、不機嫌な蒼月と彼を呼ぶ者はもうほとんどいなかった。
左側からは子供の、右側からは夫の、どちらも愛おしい体温に挟まれて、その上空からはあたたかな陽射し。
落ち着いた雰囲気にまたまどろみがやって来る。
このあたたかさに身を委ねたい。だが、ソルフィオーラにはブルームに告げなければならないことがあった。
ブルームの肩に頭を乗せて、
「……冬が来る前には、生まれるそうです」
と告げる。
何が、とは言わなかった。少ない言葉でも伝わると思ったから。
「そうか」
どことなく嬉しそうな低い声音が耳に届いて、やっぱり伝わったと嬉しくなる。
ブルームの大きな手のひらがソルフィオーラの華奢な肩を抱き寄せた。
見上げればサファイアの双眸がソルフィオーラを見つめていた。
青い視線が交じり合って、どこからともなく近づいて、キスをした。
短なものでも、確かな幸福を感じるキスだった。
笑い合ってソルフィオーラは自身の腹に手を当てて呟く。
「今度はあなたに聞かせる番ね」
いつか大きくなった我が子もまた、自分たちのように幸せな物語を紡いでくれると信じて。
これからも、この先もずっと、未来を繋いでいく。
幸せな物語は、まだ終わらない。
fin.
今年もまた穏やかな春がやって来たと、あたたかな陽射しに目を閉じた。
しかしぱたぱたと忙しない足音が聞こえて来て、午睡をするにはまだ早いようだと思わされる。
「おかあさま!」
元気な声がベンチに腰かけていたソルフィオーラの中に飛び込んできた。
目を開けると愛しい人に瓜二つな幼い顔。その手には一冊の本があった。
「えほん、よんで!」
たどたどしく伝えられた声に、つい笑みが零れる。
顔は彼そっくり。だが、中身はソルフィオーラそのものだ。
「ええ、もちろんよ」
「わーい!」
返事をすると嬉しそうに顔を綻ばせる我が子が可愛くてたまらない。
どんなに疲れていても、眠くても、ねだられたらついつい応えたくなってしまう。
「今日はどんな本を読んで欲しいのかしら?」
「こ、れ!」
ずい、と差し出された一冊の本。
見覚えのある古ぼけた装丁に、笑みが止まらない。
「──フフッ。本当に好きね、……あなたも」
「このおはなしが、いちばん、だいすき!」
「……ええ、わたくしも、大好き」
それはソルフィオーラとあの人を巡り合わせてくれた、大切な物語。
もう数えきれないほどに読み込んだ。内容だって、もう見なくても分かる。
だがそれでもこの本は親となった今でも開きたくなって、読み聞かせてしまうのだ。
大切な物語を未来へ繋ぐために。
愛しい人の子供を産んだ、その日からずっと欠かさなかった。
それだけ聞かせていれば、この子も好きになって当然だった。
「────魔法に溢れた世界のはしっこに、小さな村がありました」
物語を紡ぎ始めると、小さな体温が隣に腰かけ開かれた本を覗き込む。
ソルフィオーラは我が子を抱き寄せ腕の中に包み込むようにして物語の続きを読み進めていく。
何も持たなかった少年がある日魔法に目覚め、世界を救うため旅に出る。
その道中で彼は運命の出会いを果たす。
二人は色んな場所を旅して、時にぶつかり合いながら絆を深めていく。
何度読んでも飽きない。
幸せな思いに包まれる物語だ。
中でもやっぱり好きなのは────。
「天空の塔から見上げるブルームーンはとても大きく……あら?」
ふと腕の中に視線を落とすと、健やかな寝息が聞こえてきた。
いつの間にやら眠ってしまったらしい。本を読むまで中庭を駆け回っていたから、きっと遊び疲れたのだろう。
ソルフィオーラはクスクスと笑みを零しながら、小さな身体をゆっくりと横たわらせて
膝の上に頭を乗せてあげた。
「……何度も見ても、やっぱり綺麗ね」
開かれたままの本には、絵があった。
ソルフィオーラが大好きな一面を描いた絵だ。
暗い夜空に浮かび上がる幻想的なブルームーン。
未だ実物を見たことは無いが、それを想わせるような人ならソルフィオーラの傍にいた。
「……眠ってしまったのか?」
頭上から振って来た声に見上げると、愛おしそうな眼差しで我が子を見つめる男がいた。
サファイアの双眸に、陽光が反射して煌く蒼い髪。
まるでブルームーンが人の形をとったように、美しい。
「おかえりなさいませ、ブルーム様。本を読んでいたら眠ってしまいましたの」
「……そうか。ただいま、ソフィー」
出かけ先から戻って来たブルームはやや残念そうにしながら、子供とは反対側に腰を下ろした。
その表情に以前呼ばれていたあだ名の面影は見られない。
ソルフィオーラと結婚して以降、人前でも穏やかな表情をするようになった彼を、不機嫌な蒼月と彼を呼ぶ者はもうほとんどいなかった。
左側からは子供の、右側からは夫の、どちらも愛おしい体温に挟まれて、その上空からはあたたかな陽射し。
落ち着いた雰囲気にまたまどろみがやって来る。
このあたたかさに身を委ねたい。だが、ソルフィオーラにはブルームに告げなければならないことがあった。
ブルームの肩に頭を乗せて、
「……冬が来る前には、生まれるそうです」
と告げる。
何が、とは言わなかった。少ない言葉でも伝わると思ったから。
「そうか」
どことなく嬉しそうな低い声音が耳に届いて、やっぱり伝わったと嬉しくなる。
ブルームの大きな手のひらがソルフィオーラの華奢な肩を抱き寄せた。
見上げればサファイアの双眸がソルフィオーラを見つめていた。
青い視線が交じり合って、どこからともなく近づいて、キスをした。
短なものでも、確かな幸福を感じるキスだった。
笑い合ってソルフィオーラは自身の腹に手を当てて呟く。
「今度はあなたに聞かせる番ね」
いつか大きくなった我が子もまた、自分たちのように幸せな物語を紡いでくれると信じて。
これからも、この先もずっと、未来を繋いでいく。
幸せな物語は、まだ終わらない。
fin.
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