ままならぬ太陽に月はじれったい ―冷徹眼鏡公爵とツンデレ伯爵令嬢の不器用な結婚―

蒼凪美郷

文字の大きさ
上 下
64 / 64

28.紡ぎ繋ぐ未来

しおりを挟む
 降り注ぐ陽光に包み込まれる感覚は時に眠気を誘う。
 今年もまた穏やかな春がやって来たと、あたたかな陽射しに目を閉じた。
 しかしぱたぱたと忙しない足音が聞こえて来て、午睡をするにはまだ早いようだと思わされる。

「おかあさま!」

 元気な声がベンチに腰かけていたソルフィオーラの中に飛び込んできた。
 目を開けると愛しい人に瓜二つな幼い顔。その手には一冊の本があった。

「えほん、よんで!」

 たどたどしく伝えられた声に、つい笑みが零れる。
 顔は彼そっくり。だが、中身はソルフィオーラそのものだ。

「ええ、もちろんよ」
「わーい!」

 返事をすると嬉しそうに顔を綻ばせる我が子が可愛くてたまらない。
 どんなに疲れていても、眠くても、ねだられたらついつい応えたくなってしまう。

「今日はどんな本を読んで欲しいのかしら?」
「こ、れ!」

 ずい、と差し出された一冊の本。
 見覚えのある古ぼけた装丁に、笑みが止まらない。

「──フフッ。本当に好きね、……あなたも」
「このおはなしが、いちばん、だいすき!」
「……ええ、わたくしも、大好き」

 それはソルフィオーラとあの人を巡り合わせてくれた、大切な物語。
 もう数えきれないほどに読み込んだ。内容だって、もう見なくても分かる。
 だがそれでもこの本は親となった今でも開きたくなって、読み聞かせてしまうのだ。

 大切な物語を未来へ繋ぐために。

 愛しい人の子供を産んだ、その日からずっと欠かさなかった。
 それだけ聞かせていれば、この子も好きになって当然だった。

「────魔法に溢れた世界のはしっこに、小さな村がありました」

 物語を紡ぎ始めると、小さな体温が隣に腰かけ開かれた本を覗き込む。
 ソルフィオーラは我が子を抱き寄せ腕の中に包み込むようにして物語の続きを読み進めていく。

 何も持たなかった少年がある日魔法に目覚め、世界を救うため旅に出る。
 その道中で彼は運命の出会いを果たす。
 二人は色んな場所を旅して、時にぶつかり合いながら絆を深めていく。

 何度読んでも飽きない。
 幸せな思いに包まれる物語だ。

 中でもやっぱり好きなのは────。

「天空の塔から見上げるブルームーンはとても大きく……あら?」

 ふと腕の中に視線を落とすと、健やかな寝息が聞こえてきた。
 いつの間にやら眠ってしまったらしい。本を読むまで中庭を駆け回っていたから、きっと遊び疲れたのだろう。
 ソルフィオーラはクスクスと笑みを零しながら、小さな身体をゆっくりと横たわらせて
膝の上に頭を乗せてあげた。

「……何度も見ても、やっぱり綺麗ね」

 開かれたままの本には、絵があった。
 ソルフィオーラが大好きな一面を描いた絵だ。

 暗い夜空に浮かび上がる幻想的なブルームーン。
 未だ実物を見たことは無いが、それを想わせるような人ならソルフィオーラの傍にいた。

「……眠ってしまったのか?」

 頭上から振って来た声に見上げると、愛おしそうな眼差しで我が子を見つめる男がいた。
 サファイアの双眸に、陽光が反射して煌く蒼い髪。
 まるでブルームーンが人の形をとったように、美しい。

「おかえりなさいませ、ブルーム様。本を読んでいたら眠ってしまいましたの」
「……そうか。ただいま、ソフィー」

 出かけ先から戻って来たブルームはやや残念そうにしながら、子供とは反対側に腰を下ろした。
 その表情に以前呼ばれていたあだ名の面影は見られない。
 ソルフィオーラと結婚して以降、人前でも穏やかな表情をするようになった彼を、不機嫌な蒼月ブルームーンと彼を呼ぶ者はもうほとんどいなかった。

 左側からは子供の、右側からは夫の、どちらも愛おしい体温に挟まれて、その上空からはあたたかな陽射し。
 落ち着いた雰囲気にまたまどろみがやって来る。
 このあたたかさに身を委ねたい。だが、ソルフィオーラにはブルームに告げなければならないことがあった。
 ブルームの肩に頭を乗せて、

「……冬が来る前には、生まれるそうです」

 と告げる。
 何が、とは言わなかった。少ない言葉でも伝わると思ったから。

「そうか」

 どことなく嬉しそうな低い声音が耳に届いて、やっぱり伝わったと嬉しくなる。
 ブルームの大きな手のひらがソルフィオーラの華奢な肩を抱き寄せた。
 見上げればサファイアの双眸がソルフィオーラを見つめていた。
 青い視線が交じり合って、どこからともなく近づいて、キスをした。

 短なものでも、確かな幸福を感じるキスだった。
 笑い合ってソルフィオーラは自身の腹に手を当てて呟く。

「今度はあなたに聞かせる番ね」

 いつか大きくなった我が子もまた、自分たちのように幸せな物語を紡いでくれると信じて。
 これからも、この先もずっと、未来を繋いでいく。
 幸せな物語は、まだ終わらない。


fin.
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...