上 下
63 / 64

27.想い抱いて⑦

しおりを挟む
「────待たない。私が欲しいと、言ったではないか」

 夜想曲を思わせる低く心地いい音がソルフィオーラの中を満たす。
 ぬめついた感触が離れたと思った直後に押し込められた熱いかたまり。その正体に思い至ったと同時に、ソルフィオーラの奥で膨れ上がっていたざわめきが一気に弾けた。

「──……ッぁ、ああああ!」

 意識が真っ白に染まる。閉じた瞼の裏で閃光が瞬いているようだ。
 ふわりと身体を持ち上げられたような浮遊感と、全身へと駆け巡るざわめき。まるで快楽の嵐に包まれたようであった。
 それが──達する、ということなのだと気付くには、ソルフィオーラの経験はまだ浅い。しかし悪くはない感覚に、もっと、と思ってしまう。
 まだ、足りない。彼が欲しいと、ソルフィオーラのナカが彼を抱き締める。硬く逞しい熱を感じるだけで、身体の奥にまた新しいざわめきが生まれる。

 快楽の得方は、感情と気分に左右される。心から彼を欲していたソルフィオーラの身体は、彼を受け入れるための準備をとっくにしていたのだった。

 最も、それはブルームの方も同じであった。

「ああ……ッ、我慢が、きかん……ッ」

 苦しそうな声を吐き出しながらブルームがぶるりと震えた。それからナカでじわじわと染み込むように熱が広がり始めた。
 蕩けた視界に眉を寄せたブルームの姿を見つける。いつの間にか近くにあった顔にソルフィオーラはそっと手を伸ばした。
 しっとりと汗ばんだ頬。彼の吐息。熱を孕んだサファイアの眼差し。

「はぁぁ……っく、すまない……もう、果ててしまった……」

 繋がったまま悔し気に声を零す彼が愛おしくてたまらない。そこでソルフィオーラは初めて自ら彼に口づけをしてみせた。

「────っ」
「んぅ。ぶ、るむ、さま……すき……」

 ブルームの首元に腕を回して引き寄せて触れた唇に自分のを押し付ける。
 驚きを飲み込んだブルームの吐息が口内に入り込む。ソルフィオーラはちゅっちゅっと音を立てながらそれを食べた。

「すき……すきです。すき……ぶる、むさまが……だいすき」

 キスをした分だけ、愛が込み上げてくる。一体どこに隠れていたのか、今まで言えなかった分だけ言い尽くすかのように、ソルフィオーラはキスと言葉を夢中で紡ぐ。
 すると、熱を吐き出して柔らかくなりかけていたかたまりが、ソルフィオーラの内側を押し上げるようにむくむくと硬さを取り戻し始めた。

「ッ、あぅ!」

 最奥を突かれて、唇と唇の隙間から声が零れた。
 キスを受け入れるだけだったブルームの唇が開いて、ソルフィオーラを貪り返す。

「っふ、んぅう……っ」

 舌を絡められながら、鼻から抜けていく自分の吐息を聞く。
 ブルームの腰がゆるゆると動き始めて、ソルフィオーラのナカを擦り付ける。それがまた気持ち良くて、新たに生まれていたざわめきがまた身体の芯を伝ってきた。

「こんな……私で、いいのか……ッく、ソフィー……っ」
「んむぅ、ッふあ、ううン……ッ! いい、──いい! ぶるーむ、さまが、いいっ!」
「っく、あぁ……! 貴女の前では、我慢も、きかず……ッ、満足、させてやれないかもしれない……!」
「んっ、あっ、ああ……っ、それでもっ、いい、のです……っ」

 押し寄せるざわめきに意識を攫われそうになる。だけど今は攫われたくなくて、ソルフィオーラは必死にしがみ付いた。ブルームの逞しい肩に。
 ぎゅうとしがみ付いて、彼の筋肉質な腰に足を回して。意識を攫われないように、──逃がさないように。

「いっしょ、けんめい……っン、わ、たくしを、愛そうとしてくださった、ぶるーむさまを……嫌いになんて、なりません……!」

 だからもっと愛して。何度でも愛して。





 その日は暗い寝室で激しく愛の交わる音と甘やかな嬌声が長らく奏でられ続けた。

 ソルフィオーラの言葉通り、ブルームの宣言通り、何度も何度も、隅から隅まで愛し合って、窓の外がすっかり夜の帳を下ろし静かな空気が流れても────。
 愛の交わりは止まらなかった。
 何もしなかった二年間。すれ違った思いの隙間を埋めるかのように。

 こうして、ままならなかった太陽と月の婚姻はようやく軌道に乗り始めた。
 そんな二人が早々に実感したのは、交わり過ぎて気怠い身体と妙にすっきりした心。
 人は本当の意味で結ばれるとこんなにも愛し合えるのかと、汗でべとついた身体を抱き締め合って、笑い合った。

「愛しています、ブルーム様」
「私も、愛している。ソフィー」

 空の上では月と太陽はすれ違う運命でしかないかもしれない。だが、一瞬の邂逅でもどれだけ互いを愛せるか。
 例えまたすれ違っても、きっとまた乗り越えられる。
 そうして未来を繋いでいきたい。

 二人の間に不安の色は見えない。
 見えるのは明るい未来だけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

Perverse

伊吹美香
恋愛
『高嶺の花』なんて立派なものじゃない ただ一人の女として愛してほしいだけなの… あなたはゆっくりと私の心に浸食してくる 触れ合う身体は熱いのに あなたの心がわからない… あなたは私に何を求めてるの? 私の気持ちはあなたに届いているの? 周りからは高嶺の花と呼ばれ本当の自分を出し切れずに悩んでいる女 三崎結菜 × 口も態度も悪いが営業成績No.1で結菜を振り回す冷たい同期男 柴垣義人 大人オフィスラブ

処理中です...