49 / 64
26.溢れる想い①
しおりを挟む汗や土などで汚れた身体を清め、事件から数刻経った夕方。
ソルフィオーラの口から語られた過去に区切りがついたのは、窓から見える景色が夕焼け色に包まれ始めたのと同じころだった。語り場所となったブルームの私室にも紅が差し込んでいた。
「……そう、だったのか」
妻の話を静かに聞いていたブルームはただ一言呟いた。
それ以上の言葉が出て来ない。あらかじめノクスから簡易的に聞いてはいたが、その詳細は想像以上に重いものだった。
「その後、元男爵はどうなったんですか?」
「……自分もあとになって旦那様から教えていただいたのですが、……実はあの時には既に重い病を患っていたそうです。……後に病死した、と」
「そうですか。────なるほど、破産したタイミングでの病……それがより元男爵を狂わせたんでしょうね」
この場にはノクスもエルも同席していた。
エルは当事者であるし、ノクスは屋敷の取りまとめ役だ。最初彼は遠慮しようとしていたがお前も聞いた方がいいとブルームが同席を薦めたのであった。
「わたくし、エルの長い髪をとても気に入っていたのだけど、エルの意志とはいえ──ざっくり、切ってしまったでしょう? ……実はけっこうショックでしたの」
「そういえば、よく自分の髪に触れていらっしゃいましたね。……また、伸ばしましょうか」
「でも短い髪のエルも大好きよ?」
エルが女性であると認識してから目にする二人のやりとりは、やはり印象が違う。まるで仲睦まじい姉妹のようだ。会話の端々から二人の仲の良さが覗える。ノクスが淹れた茶を手に取りながら、笑いあっている。
それに、今のエルの装いがブルームの抱いていた印象を塗り替える手伝いになっているのかもしれない。
「ありがとうございます。ですが、町へ出かけるとどうしても女性に囲まれてしまいますし、そろそろ女性っぽさも見せた方が良いのかもと」
「フフッ、そうね。でも、結局同じだと思うわ。長髪になってもエルの美男子っぷりはきっと変わらないもの」
エルは今、白のワンピースに身を包んでいた。
実は襲われた際、何らかの拍子で上着の一部が破れてしまったそうだ。そのため、彼女が着ていた騎士服は現在業者に預けているのだ。
だからこうして実際に女性の衣服を身に着けているところを見ると、髪は短くともエルが女性であると実感できるのだった。ソルフィオーラの言うように、男装が似合い過ぎなのだ。
(……事情を知った今、何も感じないが)
彼女が男装していたのも、エルレインの名を捨て“エル”と名乗るようになったのも、ソルフィオーラを護る為だった。
女としてのエルレインでは、護れないと思ったからだそうだ。
────そんなエルの事情を知っていれば、嫉妬などしなかった。
ソルフィオーラの笑顔がなかなか見られないからと、不安に駆られることもなかった。
後悔しても遅いが、やはり過去の自分の愚かさが恨めしい。
0
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる