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26.溢れる想い①
しおりを挟む汗や土などで汚れた身体を清め、事件から数刻経った夕方。
ソルフィオーラの口から語られた過去に区切りがついたのは、窓から見える景色が夕焼け色に包まれ始めたのと同じころだった。語り場所となったブルームの私室にも紅が差し込んでいた。
「……そう、だったのか」
妻の話を静かに聞いていたブルームはただ一言呟いた。
それ以上の言葉が出て来ない。あらかじめノクスから簡易的に聞いてはいたが、その詳細は想像以上に重いものだった。
「その後、元男爵はどうなったんですか?」
「……自分もあとになって旦那様から教えていただいたのですが、……実はあの時には既に重い病を患っていたそうです。……後に病死した、と」
「そうですか。────なるほど、破産したタイミングでの病……それがより元男爵を狂わせたんでしょうね」
この場にはノクスもエルも同席していた。
エルは当事者であるし、ノクスは屋敷の取りまとめ役だ。最初彼は遠慮しようとしていたがお前も聞いた方がいいとブルームが同席を薦めたのであった。
「わたくし、エルの長い髪をとても気に入っていたのだけど、エルの意志とはいえ──ざっくり、切ってしまったでしょう? ……実はけっこうショックでしたの」
「そういえば、よく自分の髪に触れていらっしゃいましたね。……また、伸ばしましょうか」
「でも短い髪のエルも大好きよ?」
エルが女性であると認識してから目にする二人のやりとりは、やはり印象が違う。まるで仲睦まじい姉妹のようだ。会話の端々から二人の仲の良さが覗える。ノクスが淹れた茶を手に取りながら、笑いあっている。
それに、今のエルの装いがブルームの抱いていた印象を塗り替える手伝いになっているのかもしれない。
「ありがとうございます。ですが、町へ出かけるとどうしても女性に囲まれてしまいますし、そろそろ女性っぽさも見せた方が良いのかもと」
「フフッ、そうね。でも、結局同じだと思うわ。長髪になってもエルの美男子っぷりはきっと変わらないもの」
エルは今、白のワンピースに身を包んでいた。
実は襲われた際、何らかの拍子で上着の一部が破れてしまったそうだ。そのため、彼女が着ていた騎士服は現在業者に預けているのだ。
だからこうして実際に女性の衣服を身に着けているところを見ると、髪は短くともエルが女性であると実感できるのだった。ソルフィオーラの言うように、男装が似合い過ぎなのだ。
(……事情を知った今、何も感じないが)
彼女が男装していたのも、エルレインの名を捨て“エル”と名乗るようになったのも、ソルフィオーラを護る為だった。
女としてのエルレインでは、護れないと思ったからだそうだ。
────そんなエルの事情を知っていれば、嫉妬などしなかった。
ソルフィオーラの笑顔がなかなか見られないからと、不安に駆られることもなかった。
後悔しても遅いが、やはり過去の自分の愚かさが恨めしい。
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