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25.太陽と騎士の始まり①
しおりを挟むそれは、ソルフィオーラが八歳の時のことだった。
「────おとうさま! おかえりなさいませ!」
ある日、いつものように仕事から帰って来た大好きな父を出迎えたら、その隣に母ではない女性が立っていたことがあった。
その女性は美しい黒髪だった。屋敷の照明に照らされて綺麗に光輪が浮かんでいる。
髪色と揃いの瞳もまるで図鑑で見た黒い宝石のよう。顔立ちは凛々しく中性的で、総じて美しいと言える見た目をしていた。
ちょうど天使が出てくる物語を読んだばかりだったソルフィオーラは、彼女を一目見たとき絵本の中から天使が飛び出してきたのかと思ったほどであった。
そんなとても見目麗しい女性だったので、主を出迎えた者は皆愛人でも連れてきたのかと驚いたらしい。
しかしフランベルグ家で働く者の誰もが父と母の仲睦まじさと父の人柄を知っていたし、何より女性がお世辞にも綺麗とは言えない服装をしていたのですぐに訳ありだと察したようだ。
父からの紹介を待って執事たちがいつも通り振る舞う中、ソルフィオーラはぼーっと女性に見惚れていた。
「ああ、ただいま。──娘のソルフィオーラだ。可愛いだろう?」
頭上から父の優しい声が降ってきて、我に返った。
紳士然とにこやかに笑う父が女性に自分を紹介している。その所作はとてもスマートなものだった。
それを受けてソルフィオーラもぴっと姿勢を正し、ドレスの端を摘まんでお辞儀をした。
「はじめまして。ソルフィオーラ・フランベルグともうしますわ」
家庭教師に教えてもらったレディの振る舞い。
すると父の表情がみるみるうちにふにゃふにゃと緩み、紳士然とした雰囲気があっという間に消えた。
「──なんて愛らしいレディだろう! まるでそこに花が一輪咲いたみたいだ! その名の通り太陽の花が!」
「もう、おとうさまったら! おきゃくさまのまえですわよ?」
ゆるゆると鼻の下を伸ばした父の顔にソルフィオーラが頬をぷくっと膨らませて叱っても、可愛い可愛いと言って正しはしない。こう言ってはなんだが、ソルフィオーラの父は結構な親バカであった。常日頃からこうなので、執事たちもクスクスと笑っている。
ただ一人、黙ったままの女性を除いて。
「おきゃくさまは、おなまえなんとおっしゃるのかしら?」
シンと黙り込んでやり取りを眺めていた女性にソルフィオーラは無邪気に問い掛ける。
すると彼女もぼんやりしていたのかすぐにハッとなって、お辞儀を返してくれた。
「失礼いたしました。私はエルレインと申します」
初めて聞いた声。川のせせらぎのように清涼感があり聞いていてとても耳心地が良い。
それに、絹糸を紡ぐかのように丁寧な所作だった。彼女が着ている色褪せたワンピースも気にならないほど、育ちの良さを伺える綺麗な様であった。
「まぁ、エルレインさまとおっしゃるのね! なんて素敵ななまえ!」
美しい容姿。しなやかな長い黒髪。宝石のような黒い瞳。清涼感のある声。優美な動作。
ひとつ知れば知るほどに、心がエルレインをもっと知りたいと騒ぐ。
「エルレインさまはどちらのお家のかたなのかしら?」
見るからに自分より歳上の相手であるが、彼女を気に入った。ぐいぐいと質問を重ねるなんて失礼かもしれないと頭の隅で考えたものの、まだ子供なソルフィオーラは湧き上がる興味に成す術もない。思いのまま無邪気にエルレインへと問い掛ける。
素敵な名前なのだからきっと素敵な家の生まれなのだろうと、単純に思っただけだった。
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