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24.駆ける太陽、駆け付ける月⑦
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「私は愚かだった」
制止する者がいなくなって、ブルームが頭を下げたまま話し始めた。
ソルフィオーラもエルも静かにブルームの声に耳を澄ます。
「……伯爵より届いた手紙にしっかりと記してあったにも関わらず、私はそれに気付かず、事情をちゃんと知りもしないまま……自分勝手に嫉妬し、ソフィーを……ソフィーの大事な家族も傷つけてしまった」
「……ブルーム様」
「ソフィーが……まだ慣れぬ環境で、緊張していることは分かっていた。だから私に向けられる微笑みが少なくとも、……想いを語られなくても、いつまでも待つつもりだった」
それを聞いて、やはり……と思った。
ブルームはやはりソルフィオーラから想いを告げられていないことを気にしていたのだ。縁談の申し込みを快諾したというのに。
しかも、ようやく再会した結婚式当日。ブルームに対するソルフィオーラの態度は噂で言われていた太陽とは程遠いものだった。
あの日見せてくれた太陽のような笑顔を好きになったと言ってくれたのに、いつまで経っても太陽は地平線に沈んだまま顔を見せてくれない。
待つと思っていても多少不安は抱えるだろう。そんな時、見目麗しい青年とソルフィオーラが笑い合っているのを目撃すればどうなるだろう。
例えばもしもブルームがソルフィオーラには冷たいのに、他の女性には優しかったとしたら────? そう考えれば答えは簡単に出る。嫉妬に駆られて当然だろう。
「私は……恥ずかしながらこの歳まで誰とも恋愛関係を築いたことがない。ソフィーが全て初めてだった。だから、その分初めての恋に浮かれ……視野が狭まっていたのだ。本当に、情けない話だと思う」
ブルームからは見えないと分かっているが、ソルフィオーラは静かに首を振った。
視野が狭まっていたのはソルフィオーラも同じだったからだ。
ただ待つばかりで、自分からは何もしなかった。エルとのことも、自分の口からちゃんと話をしていればこんなことにならなかったかもしれないと思うと、ブルームを責められない。
「知らなかったでは許されないと分かっている。だが────」
「……顔を、お上げください。旦那様」
静かに話を聞いていたエルがブルームの話を遮る。
そこでようやくブルームも顔を上げた。額に少々砂がついてしまっていたが、彼はそれを払うこともせずエルに目を向ける。
エルは凛と微笑んでいた。ソルフィオーラにもよく見せてくれる、実の姉のように優しい眼差しを。
「全ては自分の──いえ、私の責任でございます。自分自身の事であるのに、私の事情は私の口からちゃんと説明をするべきでした」
「……エル。だが、私は」
「いいえ。それに旦那様の言う通りです。私は騎士としてまだ未熟でした。情けなくも恐怖に震えてしまい、そのせいで奥様を危険な目に遭わせて」
「……エルっ、そんなこと」
「────そんなことはない!!」
エルの言葉を力強く遮ったのはソルフィオーラではない。ブルームだ。
主の森中に響き渡るような声量に驚いたのか、黒馬もつられてヒヒーンと鳴いていた。ブルームの背後でノクスがどうどうと宥めている。
ソルフィオーラも驚いたが、エルの方がもっと驚いているようだった。虚を突かれた時のように綺麗な黒色の目を大きく見開き言葉を失っていた。
ブルームもまた驚いた様子を見せる二人に、勢いが良すぎたのを自覚したようだ。
ソルフィオーラとブルームの青い眼差しが交差する。
フフッとソルフィオーラの口からつい笑みが漏れた。それを目にしたブルームの頬に朱が灯る。
「……そんなことはない。エルがいなかったら、ソフィーは……無事ではなかったかもしれない」
「……旦那、さま」
エルの黒い瞳に涙が浮かんだ。
その瞬間を見逃さなかったソルフィオーラはそっと両手で包み込むように彼女の手を取った。
その手は先ほどまで自分たちが纏っていた恐怖を思い出したのか、僅かに震えていた。
その震えを早く止めてあげたかった。だからソルフィオーラは両手で包み込んだエルの手を強く握り締めた。あの時、絶対に離しはしないとソルフィオーラの手を取ってくれたエルの強さを真似して。
いつも励ましてくれるエルの優しさを今度は自分が返す番だ。
制止する者がいなくなって、ブルームが頭を下げたまま話し始めた。
ソルフィオーラもエルも静かにブルームの声に耳を澄ます。
「……伯爵より届いた手紙にしっかりと記してあったにも関わらず、私はそれに気付かず、事情をちゃんと知りもしないまま……自分勝手に嫉妬し、ソフィーを……ソフィーの大事な家族も傷つけてしまった」
「……ブルーム様」
「ソフィーが……まだ慣れぬ環境で、緊張していることは分かっていた。だから私に向けられる微笑みが少なくとも、……想いを語られなくても、いつまでも待つつもりだった」
それを聞いて、やはり……と思った。
ブルームはやはりソルフィオーラから想いを告げられていないことを気にしていたのだ。縁談の申し込みを快諾したというのに。
しかも、ようやく再会した結婚式当日。ブルームに対するソルフィオーラの態度は噂で言われていた太陽とは程遠いものだった。
あの日見せてくれた太陽のような笑顔を好きになったと言ってくれたのに、いつまで経っても太陽は地平線に沈んだまま顔を見せてくれない。
待つと思っていても多少不安は抱えるだろう。そんな時、見目麗しい青年とソルフィオーラが笑い合っているのを目撃すればどうなるだろう。
例えばもしもブルームがソルフィオーラには冷たいのに、他の女性には優しかったとしたら────? そう考えれば答えは簡単に出る。嫉妬に駆られて当然だろう。
「私は……恥ずかしながらこの歳まで誰とも恋愛関係を築いたことがない。ソフィーが全て初めてだった。だから、その分初めての恋に浮かれ……視野が狭まっていたのだ。本当に、情けない話だと思う」
ブルームからは見えないと分かっているが、ソルフィオーラは静かに首を振った。
視野が狭まっていたのはソルフィオーラも同じだったからだ。
ただ待つばかりで、自分からは何もしなかった。エルとのことも、自分の口からちゃんと話をしていればこんなことにならなかったかもしれないと思うと、ブルームを責められない。
「知らなかったでは許されないと分かっている。だが────」
「……顔を、お上げください。旦那様」
静かに話を聞いていたエルがブルームの話を遮る。
そこでようやくブルームも顔を上げた。額に少々砂がついてしまっていたが、彼はそれを払うこともせずエルに目を向ける。
エルは凛と微笑んでいた。ソルフィオーラにもよく見せてくれる、実の姉のように優しい眼差しを。
「全ては自分の──いえ、私の責任でございます。自分自身の事であるのに、私の事情は私の口からちゃんと説明をするべきでした」
「……エル。だが、私は」
「いいえ。それに旦那様の言う通りです。私は騎士としてまだ未熟でした。情けなくも恐怖に震えてしまい、そのせいで奥様を危険な目に遭わせて」
「……エルっ、そんなこと」
「────そんなことはない!!」
エルの言葉を力強く遮ったのはソルフィオーラではない。ブルームだ。
主の森中に響き渡るような声量に驚いたのか、黒馬もつられてヒヒーンと鳴いていた。ブルームの背後でノクスがどうどうと宥めている。
ソルフィオーラも驚いたが、エルの方がもっと驚いているようだった。虚を突かれた時のように綺麗な黒色の目を大きく見開き言葉を失っていた。
ブルームもまた驚いた様子を見せる二人に、勢いが良すぎたのを自覚したようだ。
ソルフィオーラとブルームの青い眼差しが交差する。
フフッとソルフィオーラの口からつい笑みが漏れた。それを目にしたブルームの頬に朱が灯る。
「……そんなことはない。エルがいなかったら、ソフィーは……無事ではなかったかもしれない」
「……旦那、さま」
エルの黒い瞳に涙が浮かんだ。
その瞬間を見逃さなかったソルフィオーラはそっと両手で包み込むように彼女の手を取った。
その手は先ほどまで自分たちが纏っていた恐怖を思い出したのか、僅かに震えていた。
その震えを早く止めてあげたかった。だからソルフィオーラは両手で包み込んだエルの手を強く握り締めた。あの時、絶対に離しはしないとソルフィオーラの手を取ってくれたエルの強さを真似して。
いつも励ましてくれるエルの優しさを今度は自分が返す番だ。
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