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24.駆ける太陽、駆け付ける月⑤
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(……よかった……)
騎士団から一斉に剣を向けられた男たちも得物を手放したようだ。エルの剣に続いて黒馬越しに聞こえてきた音にソルフィオーラもほっと胸を撫で下ろす。
しかし目の前でエルの身体が傾いでいくのを目にして、安堵の息は引っ込んでしまった。
「エル!」
倒れようとする彼女へ咄嗟に駆け寄ろうとしたが、思った以上に身体を強張らせていたらしい。何故か足に上手く力が入らずソルフィオーラもその場に崩れてしまうのだった。
きっと、緊張した場面から解放され安心して気が抜けたのだろう。
エルは自分を守り抜こうと必死だった。震えに耐え、恐怖を押し殺して。
それがどれほどのものだったのか、ソルフィオーラには想像できない。だが想像以上のものをその身体で受け止めていたのだと思うと、彼女を抱き締めたくてたまらなかった。
「ソフィー! エル! 大丈夫かっ!?」
剣を鞘に納めて馬から降りたブルームが側に来てくれた。
常日頃不機嫌そうな皺を刻んでいる眉間は気遣わしげに寄せられている。
目の前のブルームが未だに信じられない。どうして奇跡は起きたのだろう。
手を差し出されたのでどこか夢見心地なまま指先を乗せればぎゅっと握り締められた。
これは現実だと知らしめるかの如く指先と一緒に胸の奥まで握られたような、切ない苦しさが胸の奥に広がる。
「……ブルームさま……どうして?」
苦しさに狭められたのか、ソルフィオーラの声帯は掠れた音を鳴らす。
ソルフィオーラの問いに気遣わしげに寄せられていた眉間が少し和らいだかと思えば、伏し目がちに逸らされた。
「愛する者を護るのは男として当然のこと……だなんて、素直に格好つけられたら良かったのだが。ソフィー────私は、貴女を引きとめに来たのだ」
「……わたくしを、引きとめに……?」
そこでソルフィオーラは事情を知った。
なんでもグレンツェン領の隣のルブルム領から山賊出没の報告が今朝届いたところだったらしい。
ブルームの元を訪れていたノクスからソルフィオーラがルブルム領を経由して王都へ帰ろうとしていること知り、急ぎここまで駆け付けてくれたのだという。
「……はあ、もう。無事間に合ったからよかったものの、何度も落馬、転倒してしまうんじゃないかってヒヤヒヤでしたよ」
「……ノクス!」
ブルームの背後から疲れた様子のノクスが現れ、ソルフィオーラは驚いた。
まさかノクスまで駆け付けてくれているとは思わなかったからだ。見知った顔が増えて、安堵の感情も広がる。
彼の表情と言葉から察するにブルームは相当無茶な近道をしたらしい。聞けば一人で飛び出したブルームに慌てたものの、事態を察して騎士団を呼んでくれたのはノクスだったようだ。
グレンツェンに来てまだ一週間弱であるというのに、皆が自分たちのために動いてくれたのをソルフィオーラは心から嬉しく思った。
「────お二人とも、無事でよかった。御者も命に別状有りません」
「ああ……! 本当に、よかった……!」
御者の青年が無事だったと聞き、ソルフィオーラの中から不安は完全に消え去った。
やはり彼の無事が気掛かりだった。そういえば、まだ彼の名前も聞いていないことに気付いた。自分たちを王都まで送り届けようとしてくれていたのに。
ノクスに聞くと彼は先に手当てを受け運ばれたようだ。後で見舞いに行かねばと、ソルフィオーラはこれからの予定を決めるが、まだ一つ解消されていない懸念を思い出した。
それはもちろんブルームとのことである。
彼とソルフィオーラの間で起きた不安を解消しなければ前にも後ろにも進めない。
騎士団から一斉に剣を向けられた男たちも得物を手放したようだ。エルの剣に続いて黒馬越しに聞こえてきた音にソルフィオーラもほっと胸を撫で下ろす。
しかし目の前でエルの身体が傾いでいくのを目にして、安堵の息は引っ込んでしまった。
「エル!」
倒れようとする彼女へ咄嗟に駆け寄ろうとしたが、思った以上に身体を強張らせていたらしい。何故か足に上手く力が入らずソルフィオーラもその場に崩れてしまうのだった。
きっと、緊張した場面から解放され安心して気が抜けたのだろう。
エルは自分を守り抜こうと必死だった。震えに耐え、恐怖を押し殺して。
それがどれほどのものだったのか、ソルフィオーラには想像できない。だが想像以上のものをその身体で受け止めていたのだと思うと、彼女を抱き締めたくてたまらなかった。
「ソフィー! エル! 大丈夫かっ!?」
剣を鞘に納めて馬から降りたブルームが側に来てくれた。
常日頃不機嫌そうな皺を刻んでいる眉間は気遣わしげに寄せられている。
目の前のブルームが未だに信じられない。どうして奇跡は起きたのだろう。
手を差し出されたのでどこか夢見心地なまま指先を乗せればぎゅっと握り締められた。
これは現実だと知らしめるかの如く指先と一緒に胸の奥まで握られたような、切ない苦しさが胸の奥に広がる。
「……ブルームさま……どうして?」
苦しさに狭められたのか、ソルフィオーラの声帯は掠れた音を鳴らす。
ソルフィオーラの問いに気遣わしげに寄せられていた眉間が少し和らいだかと思えば、伏し目がちに逸らされた。
「愛する者を護るのは男として当然のこと……だなんて、素直に格好つけられたら良かったのだが。ソフィー────私は、貴女を引きとめに来たのだ」
「……わたくしを、引きとめに……?」
そこでソルフィオーラは事情を知った。
なんでもグレンツェン領の隣のルブルム領から山賊出没の報告が今朝届いたところだったらしい。
ブルームの元を訪れていたノクスからソルフィオーラがルブルム領を経由して王都へ帰ろうとしていること知り、急ぎここまで駆け付けてくれたのだという。
「……はあ、もう。無事間に合ったからよかったものの、何度も落馬、転倒してしまうんじゃないかってヒヤヒヤでしたよ」
「……ノクス!」
ブルームの背後から疲れた様子のノクスが現れ、ソルフィオーラは驚いた。
まさかノクスまで駆け付けてくれているとは思わなかったからだ。見知った顔が増えて、安堵の感情も広がる。
彼の表情と言葉から察するにブルームは相当無茶な近道をしたらしい。聞けば一人で飛び出したブルームに慌てたものの、事態を察して騎士団を呼んでくれたのはノクスだったようだ。
グレンツェンに来てまだ一週間弱であるというのに、皆が自分たちのために動いてくれたのをソルフィオーラは心から嬉しく思った。
「────お二人とも、無事でよかった。御者も命に別状有りません」
「ああ……! 本当に、よかった……!」
御者の青年が無事だったと聞き、ソルフィオーラの中から不安は完全に消え去った。
やはり彼の無事が気掛かりだった。そういえば、まだ彼の名前も聞いていないことに気付いた。自分たちを王都まで送り届けようとしてくれていたのに。
ノクスに聞くと彼は先に手当てを受け運ばれたようだ。後で見舞いに行かねばと、ソルフィオーラはこれからの予定を決めるが、まだ一つ解消されていない懸念を思い出した。
それはもちろんブルームとのことである。
彼とソルフィオーラの間で起きた不安を解消しなければ前にも後ろにも進めない。
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