ままならぬ太陽に月はじれったい ―冷徹眼鏡公爵とツンデレ伯爵令嬢の不器用な結婚―

蒼凪美郷

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24.駆ける太陽、駆け付ける月②

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「エル、貴女だけでも……先に逃げてちょうだい」
「いいえ、なりません」
「いいの。……も、もしかしたら、身代金目的かもしれないわ。だ、だからわたくしが人質として、の、残れば……」
「────馬鹿なことを仰らないでください!」

 振り返ったエルに両手を握り締められる。
 カタカタと震え合う華奢な手をソルフィオーラもぎゅっと握り返した。
 真正面から彼女と見つめ合う。恐怖に震えている筈なのに、エルの眼差しは力強い意志に溢れていた。

は、旦那様に誓ったのです。この身を賭してでも、生涯お嬢様を守り抜くと……!」

 ────自分でも馬鹿なことを言っているとは思った。

 身代金目的だとしても、人質が無事な保障はない。すでに相手の仲間を数人倒してもいるのだ。捕まったら酷い目に遭わされることなんて容易く想像できる。
 とても恐ろしい……恐ろしいがそれでも自身が残ってエルが助かるなら────そう思ったのだ。
 震えながらも力強く握り締める手と凛々しい眼差しに圧され、ソルフィオーラは何も言えなくなった。

「だから、さあ……早く!」

 故に、もう一度向けられた背中に頼るしか出来ない。
 涙の滲みだした目を擦りソルフィオーラはエルの背に身を預けた。

「……そばに、いて。エル……ずっと……」

 死なないで、と思いを込めた呟きを細く逞しい背中に落とす。
 足手まといでしか無い自分には願う事しか出来ないが。

「大丈夫、です……。自分が、必ず……!」

 多少よろけながらも、ソルフィオーラを背負いエルは立ち上がった。
 その背に受けた願いに応えるように。
 そのままエルは一歩一歩と踏み出していくが、その速度は到底早いとは言えなかった。

「大丈夫、……大丈夫……」

 そう繰り返すエルの声は自分自身に言い聞かせているようだった。
 青褪めながらも真っ直ぐ前を見据えるエルの横顔に、ふき取ったはずの涙が流れ落ちる。ソルフィオーラは震える肩を抱き締め、目を閉じ願った。

(ああ、お願い……誰か)

「ヒャッハハ! 追いついちまった!」
「もーう、逃がさないぜぇ……!」

 目の前と背後から聞こえてきた男の声がソルフィオーラの願いを断ち切った。
 エルの足がピタリと止まる。
 続いてザッザッと地面を踏み鳴らす音が聞こえ、ソルフィオーラは目を開けた。

「…………ッ!」
「へへっ、オレらからここまでよく逃げたモンだ。女みてーな顔して、やるなぁあんちゃん」

 馬車を襲った賊たちの頭領と思われる大柄の男だった。ソルフィオーラたちが最初に出会った相手だ。
 大柄な男のニヤついた瞳がまっすぐエルに向かう。その手には刃幅の広い剣があった。
 ソルフィオーラたちは完全に行く手を阻まれてしまっていた。前と後ろを追い掛けてきた二人とその間に立つように現れた大男に三方向を塞がれ、ジリジリと太い木の下へと追い詰められる。
 背が木の幹に触れたところで、ソルフィオーラはエルから降ろされた。
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