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24.駆ける太陽、駆け付ける月①
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あの日感じたものを今でも覚えている。
こちらに向けられた刃の切っ先はやけに鈍く光っているように見えたこと。
恐怖に凍り付くと、身体は本当に動かなくなること。
だが、今は嫌でも動かなければならない。
決して離しはしまいと強く握り締める手に引かれながら、ソルフィオーラは恐怖で重くなった足を必死に動かした。
「奥様、頑張って……っ!」
「……っ、エル……!」
整備されていない地面はこんなにも進みにくいのかと身をもって実感する。
足場の悪さに足がもつれそうになりながらもひたすら走る。
「ヒャハッ! 逃げられるとでも思ってンのかぁ!?」
「大人しくすれば優しくするって言ったろう? ギャハハハッ」
後ろから追いかけて来る下卑た笑い声に鳥肌が止まらない。
ソルフィオーラたちを追いかけてくるのは山賊だった。
頭と思われる男に脅されるまま馬車を降りると馬車は数人の男たちに取り囲まれていた。
御者台を見れば肩を押さえた御者の姿。手の隙間から細長い棒のようなものが伸びており、肩を押さえる手は赤く染まっていた。
おそらく矢を射られたのだろう。狙撃されたせいで急停止させられたのだ。
まだ若いが馬の扱いがとても上手な青年である。せめて彼の無事を確かめたかったのだが。
(……無事だといいのだけれど……!)
動かない御者の姿を思い出す。
エルが隙を突き数人倒してくれたおかげ逃げ出せたはいいが、ソルフィオーラは彼を置いていったことに罪悪感を覚えていた。正直心配でたまらない。でも非力な自分に出来ることはなく、主の命を優先したエルの行動についていくしかなかった。
だが、普段身体を鍛えていない者が長く走り続けるのは無理がある。
ソルフィオーラの体力はもう限界だった。
「────あっ!」
「ソルフィオーラ様!!」
地面から突き出ていた石に躓き、ソルフィオーラは転倒してしまった。
その拍子に手が離れ、焦ったエルの声が森の中に響き渡った。
「大丈夫ですか……っ!?」
「はぁ……はぁ……ええ、大丈夫……」
すぐに傍まで駆け寄ってきたエルに支えられ立ち上がる。
「……ッ!!」
「ソルフィオーラ様!?」
しかし突然右足に鋭い痛みが走り、ソルフィオーラは再びその場に崩れてしまう。
右の足首が熱を持ったようにじんじん痛む。どうやら転んだ時に捻ってしまったようだ。
これではもう走れない。こうしている間にも、賊は着々と近づいてきているのに。
(どうしましょう。このままじゃ……)
捕まってしまう。そしてきっと想像も出来ないような惨たらしい目に遭うだろう。
逃げなければと分かっているのに、どうしても身体が動かない。
そんなソルフィオーラの様子に気づいてか、エルがこちらに背を向けてきた。
「自分に、乗ってください!」
なんて頼り甲斐のある背中なのだろうか。同じ女でも鍛錬を積んだエルであれば、小柄な自分を背負って走ることも可能かもしれない。
だが、ソルフィオーラは知っていた。自分だけじゃない、彼女も恐怖に震えていたことを。
こちらに向けられた刃の切っ先はやけに鈍く光っているように見えたこと。
恐怖に凍り付くと、身体は本当に動かなくなること。
だが、今は嫌でも動かなければならない。
決して離しはしまいと強く握り締める手に引かれながら、ソルフィオーラは恐怖で重くなった足を必死に動かした。
「奥様、頑張って……っ!」
「……っ、エル……!」
整備されていない地面はこんなにも進みにくいのかと身をもって実感する。
足場の悪さに足がもつれそうになりながらもひたすら走る。
「ヒャハッ! 逃げられるとでも思ってンのかぁ!?」
「大人しくすれば優しくするって言ったろう? ギャハハハッ」
後ろから追いかけて来る下卑た笑い声に鳥肌が止まらない。
ソルフィオーラたちを追いかけてくるのは山賊だった。
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おそらく矢を射られたのだろう。狙撃されたせいで急停止させられたのだ。
まだ若いが馬の扱いがとても上手な青年である。せめて彼の無事を確かめたかったのだが。
(……無事だといいのだけれど……!)
動かない御者の姿を思い出す。
エルが隙を突き数人倒してくれたおかげ逃げ出せたはいいが、ソルフィオーラは彼を置いていったことに罪悪感を覚えていた。正直心配でたまらない。でも非力な自分に出来ることはなく、主の命を優先したエルの行動についていくしかなかった。
だが、普段身体を鍛えていない者が長く走り続けるのは無理がある。
ソルフィオーラの体力はもう限界だった。
「────あっ!」
「ソルフィオーラ様!!」
地面から突き出ていた石に躓き、ソルフィオーラは転倒してしまった。
その拍子に手が離れ、焦ったエルの声が森の中に響き渡った。
「大丈夫ですか……っ!?」
「はぁ……はぁ……ええ、大丈夫……」
すぐに傍まで駆け寄ってきたエルに支えられ立ち上がる。
「……ッ!!」
「ソルフィオーラ様!?」
しかし突然右足に鋭い痛みが走り、ソルフィオーラは再びその場に崩れてしまう。
右の足首が熱を持ったようにじんじん痛む。どうやら転んだ時に捻ってしまったようだ。
これではもう走れない。こうしている間にも、賊は着々と近づいてきているのに。
(どうしましょう。このままじゃ……)
捕まってしまう。そしてきっと想像も出来ないような惨たらしい目に遭うだろう。
逃げなければと分かっているのに、どうしても身体が動かない。
そんなソルフィオーラの様子に気づいてか、エルがこちらに背を向けてきた。
「自分に、乗ってください!」
なんて頼り甲斐のある背中なのだろうか。同じ女でも鍛錬を積んだエルであれば、小柄な自分を背負って走ることも可能かもしれない。
だが、ソルフィオーラは知っていた。自分だけじゃない、彼女も恐怖に震えていたことを。
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