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23.沈む月⑤
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「ソフィーに……謝らなければ」
ミスを受け入れ、伝え、誠心誠意謝罪する。勿論、エルにも。大事な家族を託してくれたサニーズにも。
許されようとは思わない。それを決めるのはあくまでソルフィオーラであり、ブルームは彼女が決めたことを受け入れるだけだ。
まずは何が何でも謝罪すること。後の事は後でいいのだ。
「ノクス、すまない」
「……謝る相手は僕じゃないでしょうが」
「ああ。分かっている。だが、お前にも謝りたい。……情けない主で、幼馴染で、本当に申し訳ない」
「……ハハッ、本当だよ。でも、僕はもっと別の言葉が聞きたいかな」
「……ああ、ありがとう。ノクス」
「うん」
立ち上がり、ノクスと見つめ合う。
彼の表情は見慣れた幼馴染の顔にすっかり戻っていた。
彼への言葉は全てブルームの素直な思いだ。ソルフィオーラに恋をして以降、ノクスの存在の大きさを改めて感じていた。
ノクスはブルームにとって大事な存在だった。
それこそ話に聞いたソルフィオーラとエルのように、幼少の頃から一緒なのだ。友であり、優秀な執事でもあり、家族でもある。
そんなノクスがいなかったら、今のブルームはいない。彼がいて良かったと心から思う。
「……今すぐ追い掛けるよね?」
「もちろんだ」
ノクスの問い掛けに迷うことなく応えた。
聞けば出発してまだ一時間も経っていないらしい。ノクスはソルフィオーラを見送ってすぐここへ向かったのだそうだ。
王都へ真っ直ぐ続いている街道は現在塞がっている。遠回りになるがその反対側の街道から行くのなら、屋敷からの距離を考えたらまだまだ充分追い付けるところにいるだろう。
我が愛馬の脚ならきっとすぐに。
頭の中でソルフィオーラの元へ向かう最短ルートを導き出しながらブルームの手は机の上の書類に伸びていた。
「……三分だけ待て。急を要するもの、そうでないものに仕分けだけさせてくれ」
言葉通り今すぐ行くのだと思ったノクスの身体はドアに向けられていた。しかしブルームの言葉にピタリと動きを止め、呆れた表情で振り返る。
「真面目か! ……いやまぁ、ブルームらしいといえばらしいけど」
「すまない。だがしかし、これだけはやっておかねば……!」
長年真面目に生きてきた性故か、心は今すぐにでも行きたいと思っているのに頭は仕事をほっぽり出して行くことを無しとしていた。
やれやれと言ったノクスの溜め息が聞こえても、ブルームの書類を仕分ける手は止まらなかった。
何せ休暇中の分もまだあるのだ。とは言いつつも、本当に急を要しそうな案件があれば連絡するよう言っておいたのだがそれは無かったので、おそらく急を要するものはほとんどないだろうとブルームは予想していた。
……が、早々に気になるものが出てきた。
「これは……」
グレンツェン領の隣──ルブルム領からの封書だった。ルブルムを統治する家の紋が押されている。山の上部にあったので、おそらくまだ届いたばかりだろう。ブルームは早速開封し中を確認する。
その内容は最近出没し始めた山賊団について書かれていた。
ルブルム領内で近頃被害が続き、調査の結果山賊団が拠点にしていると思われる場所を突き止めたこと。
討伐隊を結成したが、その拠点と思われる場所がグレンツェン領の境目付近であるため、領境での戦闘を許可してほしいこと。
また、ルブルムからグレンツェンを繋ぐ街道は賊に襲われる危険性があるため充分注意して欲しいということ────そこまで読んで、ブルームは青褪めた。
「ノクス……ソフィーは……ルブルム領経由で、王都へ?」
震える声で、否定をされることを期待しながらノクスに尋ねた。
「そうだけど……って、そんなに青褪めてどうしたんだい?」
だが予想は当たっていた。返って来た肯定に目眩がしてくらりと身体が傾いだが、ブルームは寸でのところで踏みとどまった。
そして踏みとどまった足を前へ────。
「ソフィー!」
駆け出した勢いで書類が散らかろうとどうでもよかった。
後ろから自分の名を呼ぶノクスの声が追い掛けてきたが、ブルームは振り返ることなく部屋を出た。乱暴気味に開かれたドアの音がやけにうるさく響いた。
ドタドタと慌ただしく階段を下りてきた領主の姿に誰もが驚いていたが、そんな彼らの事を気に掛ける余裕も無い。
嫌な予感がブルームの身体を突き動かしていた。
それがどうか外れていて欲しい。そう願ってやまないが、愛馬に跨り駆け出しても身に纏う黒い感覚は消えない。
(ああ、ソフィー……!)
太陽は東から昇り西へと沈む。
ルブルム領へ続く街道は、グレンツェンの西から伸びている。
(私の、太陽……!)
どうかこれ以上彼女の笑顔が沈まぬよう────ブルームは西へと急いだ。
ミスを受け入れ、伝え、誠心誠意謝罪する。勿論、エルにも。大事な家族を託してくれたサニーズにも。
許されようとは思わない。それを決めるのはあくまでソルフィオーラであり、ブルームは彼女が決めたことを受け入れるだけだ。
まずは何が何でも謝罪すること。後の事は後でいいのだ。
「ノクス、すまない」
「……謝る相手は僕じゃないでしょうが」
「ああ。分かっている。だが、お前にも謝りたい。……情けない主で、幼馴染で、本当に申し訳ない」
「……ハハッ、本当だよ。でも、僕はもっと別の言葉が聞きたいかな」
「……ああ、ありがとう。ノクス」
「うん」
立ち上がり、ノクスと見つめ合う。
彼の表情は見慣れた幼馴染の顔にすっかり戻っていた。
彼への言葉は全てブルームの素直な思いだ。ソルフィオーラに恋をして以降、ノクスの存在の大きさを改めて感じていた。
ノクスはブルームにとって大事な存在だった。
それこそ話に聞いたソルフィオーラとエルのように、幼少の頃から一緒なのだ。友であり、優秀な執事でもあり、家族でもある。
そんなノクスがいなかったら、今のブルームはいない。彼がいて良かったと心から思う。
「……今すぐ追い掛けるよね?」
「もちろんだ」
ノクスの問い掛けに迷うことなく応えた。
聞けば出発してまだ一時間も経っていないらしい。ノクスはソルフィオーラを見送ってすぐここへ向かったのだそうだ。
王都へ真っ直ぐ続いている街道は現在塞がっている。遠回りになるがその反対側の街道から行くのなら、屋敷からの距離を考えたらまだまだ充分追い付けるところにいるだろう。
我が愛馬の脚ならきっとすぐに。
頭の中でソルフィオーラの元へ向かう最短ルートを導き出しながらブルームの手は机の上の書類に伸びていた。
「……三分だけ待て。急を要するもの、そうでないものに仕分けだけさせてくれ」
言葉通り今すぐ行くのだと思ったノクスの身体はドアに向けられていた。しかしブルームの言葉にピタリと動きを止め、呆れた表情で振り返る。
「真面目か! ……いやまぁ、ブルームらしいといえばらしいけど」
「すまない。だがしかし、これだけはやっておかねば……!」
長年真面目に生きてきた性故か、心は今すぐにでも行きたいと思っているのに頭は仕事をほっぽり出して行くことを無しとしていた。
やれやれと言ったノクスの溜め息が聞こえても、ブルームの書類を仕分ける手は止まらなかった。
何せ休暇中の分もまだあるのだ。とは言いつつも、本当に急を要しそうな案件があれば連絡するよう言っておいたのだがそれは無かったので、おそらく急を要するものはほとんどないだろうとブルームは予想していた。
……が、早々に気になるものが出てきた。
「これは……」
グレンツェン領の隣──ルブルム領からの封書だった。ルブルムを統治する家の紋が押されている。山の上部にあったので、おそらくまだ届いたばかりだろう。ブルームは早速開封し中を確認する。
その内容は最近出没し始めた山賊団について書かれていた。
ルブルム領内で近頃被害が続き、調査の結果山賊団が拠点にしていると思われる場所を突き止めたこと。
討伐隊を結成したが、その拠点と思われる場所がグレンツェン領の境目付近であるため、領境での戦闘を許可してほしいこと。
また、ルブルムからグレンツェンを繋ぐ街道は賊に襲われる危険性があるため充分注意して欲しいということ────そこまで読んで、ブルームは青褪めた。
「ノクス……ソフィーは……ルブルム領経由で、王都へ?」
震える声で、否定をされることを期待しながらノクスに尋ねた。
「そうだけど……って、そんなに青褪めてどうしたんだい?」
だが予想は当たっていた。返って来た肯定に目眩がしてくらりと身体が傾いだが、ブルームは寸でのところで踏みとどまった。
そして踏みとどまった足を前へ────。
「ソフィー!」
駆け出した勢いで書類が散らかろうとどうでもよかった。
後ろから自分の名を呼ぶノクスの声が追い掛けてきたが、ブルームは振り返ることなく部屋を出た。乱暴気味に開かれたドアの音がやけにうるさく響いた。
ドタドタと慌ただしく階段を下りてきた領主の姿に誰もが驚いていたが、そんな彼らの事を気に掛ける余裕も無い。
嫌な予感がブルームの身体を突き動かしていた。
それがどうか外れていて欲しい。そう願ってやまないが、愛馬に跨り駆け出しても身に纏う黒い感覚は消えない。
(ああ、ソフィー……!)
太陽は東から昇り西へと沈む。
ルブルム領へ続く街道は、グレンツェンの西から伸びている。
(私の、太陽……!)
どうかこれ以上彼女の笑顔が沈まぬよう────ブルームは西へと急いだ。
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