ままならぬ太陽に月はじれったい ―冷徹眼鏡公爵とツンデレ伯爵令嬢の不器用な結婚―

蒼凪美郷

文字の大きさ
上 下
34 / 64

23.沈む月②

しおりを挟む
「…………」

 職員たちが作業する音や声を背後に無言で階段を上がる。

 二階で主に仕事をしているのはブルームなので、階段を昇りきると一気に静寂さを増す。
 背中に突き刺さるノクスの視線を受けながら一階と同じ青い絨毯の上を進む。
 一番南側にある執務室に入ったところで沈黙は破られた。

「……今朝屋敷を出て行ったよ」
「……そうか」

 誰が、とは聞かなかった。聞くまでもないから。
 ソルフィオーラが出て行った事実に胸が苦しくなる。昨日の今日で早速の行動……彼女が受けたショックは余程のものだったということだ。
 自分はその事実を受け入れるべき。醜い嫉妬に動かされて妻の大切な人を傷つけたのだから。

 ────そう、頭では分かっているのだが。

(……辛いな)

 執務机に置かれた書類の束から一枚手に取り目を通そうとしても、内容が頭に入ってこない。
 目はそこに向いているのに意識だけが向かない。
 読み取った文字は全て意識の彼方に通り抜けて、頭に残らない。

 あんなにも恋焦がれた太陽が、自分のもとを去った。自業自得だとしても、その事実はやはりショックだった。

「ねぇ、ブルーム。どうしてあんなことしたんだい?」
「…………それは」

 口内で続きの言葉が消えていく。
 醜い嫉妬に動かされた、と正直に告げたら流石にノクスも呆れるかもしれない。……もう呆れられているかもしれないが。
 長年傍で仕えてくれた幼馴染までいなくなったら、立ち直れそうにない。そう思ったらブルームは黙る事しか出来なかった。
 しかし、その後のノクスの言葉でだんまりは続けられなかった。

「エルさんと奥様のことはブルームも予め知っていただろう?」
「……予め知っていた?」

 何の事だろうか。ノクスの発言にピンと来ないブルームは眉を顰めた。
 本来はあり得ない事柄。一介の騎士、しかも異性が令嬢の嫁ぎ先についてきた。そしてその騎士は令嬢の傍に侍り身支度まで手伝っている。
 自分を差し置いて二人の事情をノクスは知っていたというのか。だというのなら何故教えてくれなかったのか。
 不可解さに眉間の皺も深まるがノクスもまたブルームの反応に首を傾げていたので、つられてブルームも首を傾げる。

「……ノクス?」
「……もしかして、知らない?」

 執務室に二人分の声が重なって落ちる。
 
「知らないって、何をだ?」
「……手紙が、あっただろう?」
「手紙……?」

 ブルームの返しに、ノクスは言葉を失ったようだ。ぽかーんと口を開けて呆ける様子は珍しい。
 いや、そういえばこの前も見た気がする。まだ童貞であることを告げた時もこんな表情をしていた。そんなことを思い出している場合ではないのだが。

「え? ……え? う、うそでしょ……?」

 そうしてあの時のように我に返ったノクスの声には明らかな動揺が滲んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...