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23.沈む月①
しおりを挟む深い海の底に沈んでいるかのような重い感覚を纏いながら迎えた朝。
身体をゆっくりと起こすと簡易ベッドが軽く軋んだ。ベッドから降りてブルームは、部下が汲んできてくれた水で顔を洗い身体を拭き、昨日ノクスが持ってきてくれた服に袖を通した。
今日は一旦復興作業地を離れて、グレンツェン領の役所で仕事をするつもりだった。
そろそろ片付けなければならない書類が溜まる頃だろうと思ってだ。
テントを出て部下に今日の予定について告げておく。数人の部下に見送られて、ブルームは黒い毛並みの馬に跨った。
キャンプ地を後にして下る街道。土砂で流されたブロッサムの木たちの残骸が痛々しいが、少しずつ綺麗になってきている。
これもボランティアで集まってくれた領民と部下たちの尽力があってのこと。
そんな彼らの努力の結果を目にすると心がじーんと温かくなるが、すぐに冷めてしまうのはやはり昨日のショックを引き摺っているからだろうか。
冷静になって考えれば考えるほど、あの時の自分はどうかしていたと思う。
前からエルの存在を気にしてはいたが、ソルフィオーラと過ごす時間が幸せ過ぎるあまり頭の片隅に追いやってしまうのだ。
そしてまた二人の時間から冷めては存在を思い出して、しかしソルフィオーラとの時間にまた隅に追いやって、その繰り返し。そうして積もり積もったモヤモヤはブルームが思っているよりも大きく積み上げられていたらしい。
(……醜い、な)
自分はエルに嫉妬したのだとブルームが自覚したのは寝る直前のことだった。
「……頭は冷えたかい?」
馬留めに愛馬を繋ぎ、役所に到着したブルームを出迎えたのは聞き慣れた声だった。
静かな怒りを含んだ幼馴染の声。私服姿のノクスが入り口の前に立っていた。
「ちょっと色々ありまして。誠に勝手ながら今日は休みを取らせていただくことにしました、旦那様」
本来なら無礼な物言いを咎めるところだが、今目の前にいるのは執事のノクスではなく、幼馴染のノクスだ。
色々という言葉に多大な含みが込められていたが何も言うまいと受け入れる。
馬鹿な過ちを犯した自分を叱れるのはコイツしかいないのだから。
「……そうか」
そうは思いながらも、短い一言しか返せないのが情けない。
ノクスの横を通り過ぎ中へ入ると、彼もその後をついてきた。
青い絨毯が広がる一室。
その先にある階段を境に、両側に用件に応じた窓口が設置されたカウンターがある。
まだ朝早いので役所を訪ねて来た領民の姿は見られない。
右側の一番手前の窓口で準備をしていた女性職員がブルームに気づいた。
「おはようございます、公爵様」
作業していた手を止めて上司に向き直り挨拶。
すると女性職員の声を合図に続々とイスが動く音があちこちから聞こえてくる。
「おはようございます!」
「領主様、おはようございます」
「……ああ」
次々と掛けられる挨拶に会釈で返しブルームは真っ直ぐ階段へと向かう。
いつも通りのことだ。
一つ違うのは私服のノクスを伴っていることくらいか。執事姿のノクスと共に出勤したことはあるが、見慣れぬノクスの姿に職員たちも彼を目に留めては小首を傾げていた。
だが、わざわざ事情を尋ねて来る者もいない。何か大事な要件でもあるのだろうとすぐに納得した表情になり、役所を開く準備を再開する。
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