33 / 64
23.沈む月①
しおりを挟む深い海の底に沈んでいるかのような重い感覚を纏いながら迎えた朝。
身体をゆっくりと起こすと簡易ベッドが軽く軋んだ。ベッドから降りてブルームは、部下が汲んできてくれた水で顔を洗い身体を拭き、昨日ノクスが持ってきてくれた服に袖を通した。
今日は一旦復興作業地を離れて、グレンツェン領の役所で仕事をするつもりだった。
そろそろ片付けなければならない書類が溜まる頃だろうと思ってだ。
テントを出て部下に今日の予定について告げておく。数人の部下に見送られて、ブルームは黒い毛並みの馬に跨った。
キャンプ地を後にして下る街道。土砂で流されたブロッサムの木たちの残骸が痛々しいが、少しずつ綺麗になってきている。
これもボランティアで集まってくれた領民と部下たちの尽力があってのこと。
そんな彼らの努力の結果を目にすると心がじーんと温かくなるが、すぐに冷めてしまうのはやはり昨日のショックを引き摺っているからだろうか。
冷静になって考えれば考えるほど、あの時の自分はどうかしていたと思う。
前からエルの存在を気にしてはいたが、ソルフィオーラと過ごす時間が幸せ過ぎるあまり頭の片隅に追いやってしまうのだ。
そしてまた二人の時間から冷めては存在を思い出して、しかしソルフィオーラとの時間にまた隅に追いやって、その繰り返し。そうして積もり積もったモヤモヤはブルームが思っているよりも大きく積み上げられていたらしい。
(……醜い、な)
自分はエルに嫉妬したのだとブルームが自覚したのは寝る直前のことだった。
「……頭は冷えたかい?」
馬留めに愛馬を繋ぎ、役所に到着したブルームを出迎えたのは聞き慣れた声だった。
静かな怒りを含んだ幼馴染の声。私服姿のノクスが入り口の前に立っていた。
「ちょっと色々ありまして。誠に勝手ながら今日は休みを取らせていただくことにしました、旦那様」
本来なら無礼な物言いを咎めるところだが、今目の前にいるのは執事のノクスではなく、幼馴染のノクスだ。
色々という言葉に多大な含みが込められていたが何も言うまいと受け入れる。
馬鹿な過ちを犯した自分を叱れるのはコイツしかいないのだから。
「……そうか」
そうは思いながらも、短い一言しか返せないのが情けない。
ノクスの横を通り過ぎ中へ入ると、彼もその後をついてきた。
青い絨毯が広がる一室。
その先にある階段を境に、両側に用件に応じた窓口が設置されたカウンターがある。
まだ朝早いので役所を訪ねて来た領民の姿は見られない。
右側の一番手前の窓口で準備をしていた女性職員がブルームに気づいた。
「おはようございます、公爵様」
作業していた手を止めて上司に向き直り挨拶。
すると女性職員の声を合図に続々とイスが動く音があちこちから聞こえてくる。
「おはようございます!」
「領主様、おはようございます」
「……ああ」
次々と掛けられる挨拶に会釈で返しブルームは真っ直ぐ階段へと向かう。
いつも通りのことだ。
一つ違うのは私服のノクスを伴っていることくらいか。執事姿のノクスと共に出勤したことはあるが、見慣れぬノクスの姿に職員たちも彼を目に留めては小首を傾げていた。
だが、わざわざ事情を尋ねて来る者もいない。何か大事な要件でもあるのだろうとすぐに納得した表情になり、役所を開く準備を再開する。
0
お気に入りに追加
153
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる