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22.傷ついた太陽④
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「それに……言うのを迷っていたことがあるのです」
さて御者に引き返してもらうようお願いせねばと思ったところへ、躊躇いがちなエルの発言があった。
「あら、エルが言い淀むなんて珍しいわね。どうなさったの?」
「旦那様の事です。……実は、時々旦那様から怪訝な目で見られていることがありまして」
「……ブルーム様が?」
「はい。……始めは気のせいかと思ったのですが」
怪訝な目。それはつまりエルに対し何らかの違和感を抱いているということだろうか。それも以前から。
全く気付かなかった。一緒に過ごさなかった時間の方が多かったのだからそれも仕方ない。というより、一緒に過ごしている間はエルやノクスがそばにいようと二人の世界だった故に気付かなかった、ということにソルフィオーラは気付いていなかった。
「それで昨日のことで思ったのです。旦那様は何か勘違いをされているのではないかと」
「……勘違いって?」
「もしかして旦那様は自分のことをお────」
その時、馬車が大きく揺れた。次いで馬たちの鳴き声がして、馬車が急停車した。
ガタンと跳ねるように揺れてソルフィオーラは前方に倒れ込んだが、エルに抱き留められたおかげで怪我は無かった。
「どうしたのかしら……?」
エルに支えられながら座り直す。
余程のことがない限り、普通は道の途中で停まったりしない筈だ。
心地の良いリズミカルな足音が急に途絶えた事に少しばかりの不安を覚える。
「奥様はここに居てください。様子を見てきます」
「ええ、お願い」
腰に携えた剣に手を添えたエルが険しい表情で扉に手を掛ける。
だが彼女が開く前に扉は乱暴に開け放たれた。
バンッと激しい音を立てて開けられた扉に反射的に一歩下がったエルがソルフィオーラを庇うように立つ。
一体何が起きたのか。連続して起こる不穏な出来事に、ソルフィオーラはエルの身体越しに覗き見ようとした。
細く逞しい身体の横からそっと顔を覗かせた先で卑しい目に出会った────その一瞬、背筋を冷たい感覚が走り抜けた。
これと同じものを昔にも感じたことがある。
先ほど出会った卑しい視線と、恐怖。
エルがソルフィオーラの騎士になると決意するきっかけとなったあの日とそっくりな状況。
開け放たれた扉の先にいたのは、大柄な男だった。
男の体臭なのかツンとした匂いが鼻先を擽り、ソルフィオーラは反射的に鼻を手で覆った。
ボサボサの頭を雑に纏め上げた髪。薄汚れた衣服。手には刃物。一目見て普通ではないと分かる容姿。
無意識に手を伸ばした細い身体は僅かに震えていた。
震えているのは自分かそれとも────。
「……なかなかの上玉じゃねぇか。こりゃ愉しめそうだ、へへへ……ッ」
現在危機的状況下にいることをソルフィオーラに教えたのは、男の下卑た笑い声だった。
さて御者に引き返してもらうようお願いせねばと思ったところへ、躊躇いがちなエルの発言があった。
「あら、エルが言い淀むなんて珍しいわね。どうなさったの?」
「旦那様の事です。……実は、時々旦那様から怪訝な目で見られていることがありまして」
「……ブルーム様が?」
「はい。……始めは気のせいかと思ったのですが」
怪訝な目。それはつまりエルに対し何らかの違和感を抱いているということだろうか。それも以前から。
全く気付かなかった。一緒に過ごさなかった時間の方が多かったのだからそれも仕方ない。というより、一緒に過ごしている間はエルやノクスがそばにいようと二人の世界だった故に気付かなかった、ということにソルフィオーラは気付いていなかった。
「それで昨日のことで思ったのです。旦那様は何か勘違いをされているのではないかと」
「……勘違いって?」
「もしかして旦那様は自分のことをお────」
その時、馬車が大きく揺れた。次いで馬たちの鳴き声がして、馬車が急停車した。
ガタンと跳ねるように揺れてソルフィオーラは前方に倒れ込んだが、エルに抱き留められたおかげで怪我は無かった。
「どうしたのかしら……?」
エルに支えられながら座り直す。
余程のことがない限り、普通は道の途中で停まったりしない筈だ。
心地の良いリズミカルな足音が急に途絶えた事に少しばかりの不安を覚える。
「奥様はここに居てください。様子を見てきます」
「ええ、お願い」
腰に携えた剣に手を添えたエルが険しい表情で扉に手を掛ける。
だが彼女が開く前に扉は乱暴に開け放たれた。
バンッと激しい音を立てて開けられた扉に反射的に一歩下がったエルがソルフィオーラを庇うように立つ。
一体何が起きたのか。連続して起こる不穏な出来事に、ソルフィオーラはエルの身体越しに覗き見ようとした。
細く逞しい身体の横からそっと顔を覗かせた先で卑しい目に出会った────その一瞬、背筋を冷たい感覚が走り抜けた。
これと同じものを昔にも感じたことがある。
先ほど出会った卑しい視線と、恐怖。
エルがソルフィオーラの騎士になると決意するきっかけとなったあの日とそっくりな状況。
開け放たれた扉の先にいたのは、大柄な男だった。
男の体臭なのかツンとした匂いが鼻先を擽り、ソルフィオーラは反射的に鼻を手で覆った。
ボサボサの頭を雑に纏め上げた髪。薄汚れた衣服。手には刃物。一目見て普通ではないと分かる容姿。
無意識に手を伸ばした細い身体は僅かに震えていた。
震えているのは自分かそれとも────。
「……なかなかの上玉じゃねぇか。こりゃ愉しめそうだ、へへへ……ッ」
現在危機的状況下にいることをソルフィオーラに教えたのは、男の下卑た笑い声だった。
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