ままならぬ太陽に月はじれったい ―冷徹眼鏡公爵とツンデレ伯爵令嬢の不器用な結婚―

蒼凪美郷

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22.傷ついた太陽①

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 パカパカと小気味よく刻まれる音に耳を澄ませる。
 地面を蹴る馬たちの足音。寸分の狂いもなく軽やかに奏でられる音は耳にしていてとても気持ちいい。
 空は快晴で暖かな陽射しが降り注いでいる。耳心地の良い音、そしてぽかぽかな陽気……それらに身を預けているとついつい瞼が閉じそうになる。

 ────昨日は一睡も出来なかったから、余計に。

「……」

 蹄の音を聴きながら睡魔に抗っていたソルフィオーラは、小窓の向こうに広がる景色に目を向けた。
 ぼんやりと見つめた先に広がる自然。あの日と違って可愛らしい桃色は見られない。とっくに花は風に流され散ってしまったのだろう。

 ――――そもそも、ここはあの日とは別の道なのだから景色が違って当たり前なのだが。

 王都に真っ直ぐ続く街道は四日前・・・に起きた土砂崩れによって依然塞がれたままだ。今も懸命に有志で集まった領民たちが復興作業に当たっていることだろう。……夫を筆頭にして。

 ソルフィオーラが乗る馬車が現在進んでいるのは、その反対側にある街道だった。
 行き先は、王都にある実家──フランベルグ家。
 遠回りになる分時間は掛かるがこちらからでも王都へ向かえると知ったのは、昨日のこと。夫のいるキャンプ地からの帰り道でのことだった。

(……遠くにまだグレンツェンの街並みが見えるわ)

 出発してからおよそ一時間程経っただろうか。
 さすがにセレネイド家の屋敷は見えないが、挙式をしたあの高台の教会を遠くに見つけた。
 青空とグレンツェンの緑に囲まれた中ではあの赤レンガはとても目立って見える。画家に頼み絵にして欲しいと思えるほどの絶景だ。
 しかし今のソルフィオーラにはチクリと胸が痛む景色でもあった。
 何度でも、いつまでも眺めていたい風景なのに。もうここには戻らないかもしれない。でももう一度見たい。だけど分からない。

 実家に帰ると決めたのは自分なのに、それ以外は全部ぐちゃぐちゃなのだ。

 外の景色から視線を外すと、正面に座るエルと目が合った。
 気遣わしげな微笑みが凛々しい顔に浮かんだ。
 いつものソルフィオーラであればきっと小さく微笑み返したことだろう。だが今の自分はとても笑える心境にいない。ただ俯くことしか出来なかった。

 エルに大した怪我はなかったものの、ブルームが彼女にしたことにソルフィオーラは酷いショックを受けていた。
 どうしてそうなったのか未だに分からない。やはり自分がやらかしてしまったのだろうか。それともやはりエルがブルームの気に障ることをしてしまったのか。
 何度考えても考えても答えは浮かばない。ソルフィオーラが昨晩眠れなかったのは今回の原因をずっと考えていたからだった。
 ぐるぐると『どうして』『何故』という言葉だけが巡るせいで食事も摂る気になれない。昨日の昼以降何も食べていないが不思議と腹は空かなかった。
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