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20.落ちる太陽①
しおりを挟むエルとノクスが用意してくれた火で持って来たスープを温める。
沸騰させないようよく気を付けて、零さないように慎重に掬い、皿によそって目の前の人物へと渡す。
「はい、どうぞ。熱いのでお気を付けてくださいね」
「ありがとうございます、奥様!」
復興作業に参加していた領民が嬉しそうに受け取ってその場を後にしていく。
しかし先の領民が去っても次を待つ者がいる。
「こちらは奥様がお作りに?」
「いえ、恥ずかしながらわたくし料理というものをしたことがなくて……。調理場の皆様にお手伝いしていただきましたの」
「そうでしたか。しかし、とても美味しそうな匂いだ。さっきから腹が鳴りっぱなしですよ」
「ふふ、たくさんありますから是非お代わりしていってくださいね」
領民たちと、時にグレンツェンの騎士たちと軽く会話を交わす。
誰も彼も嬉しそうにスープを受け取ってくれるので、温めたスープのように自分の心までぽかぽかと温かくなってきた気がしてくる。
エルやノクス、調理場の者たちに助言をいただきながら、生まれて初めてナイフを手にした。
ソルフィオーラが担当したのは野菜を入れたコンソメスープだ。
ニンジンやオニオンなど。不器用な切り口になってしまったがそれでもめげずに挑戦してよかった。味は調理場の皆から上出来という言葉を頂いているので心配ない。
(それもこれも、ブルームさまのため……)
────だったのだが。
当のブルームはそばにいない。
少し離れたところで領民やブルームの部下たちと食事を摂っている。
時折視線を感じるが、気のせいかもしれない。ふとそちらを見てもブルームはソルフィオーラを見ていなかったのだ。
(ブルームさま……)
自分は何かしてしまったのだろうか。そう考えれば考えるほど心に影が差す。
いや、本当は分かっているのだ。またやらかしてしまったことを。
(貴方に会いたかったと、どうして言えなかったの……)
寸でのところで、思ったものとは違う言葉が出てしまった。慌てて誤魔化したが、眼鏡をしなくなったことで分かりやすくなった表情の変化にソルフィオーラは気づいていた。
ソルフィオーラの言葉を理解した瞬間、ブルームの眉間がぴくりと動いたのだ。ほんの僅かに、ではあるが確かに動いていた。
その後のブルームは至って冷静であったが、ソルフィオーラの瞳には落胆しているように見えた。
そこでソルフィオーラは思ったのだ。彼は期待していたのだと。
三日ぶりに顔を合わせた妻が『会いたかった』と素直な想いを口にしてくれることを。
(ブルームさまはもしかして……わたくしが想いを告げていないことを気にして……?)
そうでなければあんな風に目に見えて落胆したりしないだろう。いつも冷静なブルームがそんな姿を簡単に人に見せたりはしないはずだ。
────そこまで分かっているのに、何故自分はここから動けないのか。
領民や部下たちと食事をしているブルームを見る。相変わらず彼はこちらを見もしない。
本当なら、ブルームと二人で、スープの味はどうかと、この野菜は自分が切ったのだと話がしたかったのに。
どうしてこうなってしまうのだろう。
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