ままならぬ太陽に月はじれったい ―冷徹眼鏡公爵とツンデレ伯爵令嬢の不器用な結婚―

蒼凪美郷

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7.初夜を受け入れれば―時は呆気なく―

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 ソルフィオーラの部屋は、ノクスと名乗ったセレネイド家執事の青年が『旦那様ブルーム自らが手配した部屋』だと言っていた。
 そんな部屋が気に入らないわけがない。とても嬉しい。

 中でも、天蓋付きのベッドはフランベルグ家のものよりも広く、二人・・が寝ても充分場所が余るほど――――

 ぎし、と軋んだ音がしてソルフィオーラはハッと顔を上げる。
 ブルームがベッドに乗り自分に覆い被さっていた。
 眼鏡の奥で熱い眼差しを自分に向ける青とかち合い、ソルフィオーラは先ほど自分が言い放った言葉を思い出す。

 ――――き、緊張なんてしていません……ッ! で、ですから、わ、わたくしを……抱いて、くださっても良いですの、よ?

(ああ、本当にわたくしってば……! なんてことを言ったの……!)

 抱いてくれても良いなど、上から目線にも程がある。
 ――――緊張はしているがそれは貴方を好いているから。だから貴方と結ばれたい。
 そう言うつもりだったのに、口から飛び出した言葉は頭に描いたものと全く違っていた。

 どうしてこうなるのだろう。
 ブルームが訪れる前も、ブルームが来てからも、心臓の音が煩さくてたまらない。
 頭に熱が昇っているせいで思考はバラバラ。それが思うようにいかない自分を作っていた。

 あんな物言いをしたから、今度こそブルームは怒ったと思った。
 眉間に皺を刻み、眼鏡の奥の瞳が冷たくこちらを睨んで(いるように)見えて――――
 だが彼は自分を見るように言って、ソルフィオーラにキスをしたのだ。

「……ソルフィオーラ」
「ブ、ルームさ…ぁっ……」

 数分ぶりにブルームの唇と己のが重ねられた。
 少しかさついた唇を押し付けられちゅっと啄み離れていく。
 触れられたところがじんじんと熱い。そういえばあの夜手の甲に口づけられた時もそうだったとソルフィオーラはぼんやり思い返す。

 教会では叶わなかった初めてのキスが数分前に叶えられ、心は歓喜の渦に包まれた。その瞬間だけは緊張がどこかへと追いやられていた。
 その時と同じように何度も何度もキスの雨が降り、気付けば自分からも動いていた。

(これが……キス。ブルーム様に口づけられると……嬉しくて、何も考えられなく……)

 だが離れるとやはり緊張が顔を出し、ソルフィオーラは恥ずかしさから俯いてしまう。
 そこへまとめ上げたウェーブヘアーにさわりと大きな手が添えられた。ふわふわと波打った髪の感触を確かめるような優しい手つきにより緊張が増す。

(ブルーム様に……わたくし、触れられている……)

 それを感じるだけでカッと身体が熱くなる。
 まるで髪の毛全体に渡って神経が張り巡らされているかのようだ。一本一本が過敏になって、ブルームの指の感触をはっきりと伝える。
 それが心地よくて、とてもドキドキする。破れてしまいそうなほど、胸の奥が強く脈打つ。
 さらりさらりと髪をたどる指が、まとめ上げた所で止まった。

「綺麗な髪……飾りだ……」

(今日の為にブルームをイメージして特注したものですの……)

「式の時にも……つけていたな……」

(気づいてくださっていたのですね、嬉しい……!)

 心の声は外に出られななかった。
 金魚のようにパクパクと口が動いただけである。

「……失礼する」

 言葉と同時にすっと髪飾りが引き抜かれ、はらりと髪が解け落ちた。
 飾られたままでは髪飾りが傷む可能性があったからだろう、ブルームはそれをヘッドボードに置くとそっとソルフィオーラの背を支え押し倒す。
 間もなく、背中にシーツの感触。顔の両脇に手を置き覆い被さるブルームの顔がまともに見られない。

(ああ、どうしましょう……目を閉じてしまったら……もう恥ずかしくて開けられませんわ……)

 顔を横に向け、ソルフィオーラは唇を引き結びぎゅっと強く瞼を閉じてしまった。
 ブルームは今どんな顔で自分を見ているのだろう。
 レンズの向こうにある蒼銀の瞳に一体どう映っているだろう。
 見たいけど見られなくて、接着剤でくっついてしまったかのように瞼を持ち上げることが出来ない。

 ――――実は目を閉じた方が感覚が研ぎ澄まされより羞恥を煽ることになるなど、ソルフィオーラは思いもせず。

「……ひぁッ」

 頬に触れた手にソルフィオーラの身体がぴくんと跳ねた。
 口からこぼれた自分でも聞いた事がないような声にソルフィオーラは驚いた。

(わたくしってば……なんて声を……っ)

 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
 もう二度と漏れ出ないように手でしっかりと口を塞ぐ。
 だが、触れるか触れないかの絶妙なタッチで頬をくるくると撫で、それから耳朶、首筋へと移動を始めた手にぴくぴくと反応してしまうのだった。

 ブルームの手はソルフィオーラがぴくっと跳ねる度止まる。そして一拍間を置いて再開を繰り返す。
 その動きが何だか気になったが、まさか自分が反応する度にブルームが顔を赤くしプルプル悶えていたなんて、羞恥に苛まれて硬く目を閉じるソルフィオーラに想像する余裕は無い。

「……ふぁ、…あっ……ンん……っ」

 口を押えた手の隙間から小さく漏れる声。
 くすぐったいようで、くすぐったいとはまた少し違う感覚に身を捩じらせる。
 どうしてこんな変な声が出るのか。
 恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がないのに、止めてとは言えない。
 労わるような優しい触れ方をブルームがしているのだと思うと、恥ずかしい以上に――身体の奥が悦んでいるような気がして、止められない。

「……ンっ……ぅンん……ッ」

 ブルームの指が首筋を滑り鎖骨を撫で、衣の中へ入り込んだ。
 夜着の前はリボンで結ばれていた。それを解けば胸元が大きく開かれてしまう。
 ――脱がされる、そう気づいたときにはすでにブルームの指はリボンを引っ張っていた。

(あぁ……いやっ……)

 開かれた肌が空気に触れて少し肌寒い。
 慎ましい胸がブルームの前にさらけ出されてしまった。
 コンプレックスの一部分である場所を見られたくないと思っていても、ソルフィオーラはそこを隠したりしようとは思わなかった。

 ――――ブルームに身を任せていれば優しく導いてくれるとエルが言っていたから。
 ソルフィオーラもブルームが自分を乱暴に扱うような人ではないと思っている。
 人生で初めて好きになった人が最低な事をする訳がない。
 そう信じているから、ソルフィオーラは身を捩っただけで抵抗はしなかった。
 硬く硬く目を閉じて、ブルームの反応を待つ。

 やや、間があった。
 時間にしてみればほんの数秒なのだが、今のソルフィオーラにはとても長い時に思えた。
 一体どうしたのだろう、やはりこの凸に乏しい胸を見てガッカリしてしまったか。不安になって、ソルフィオーラは恐る恐る瞼を上げてみる。

「……っソルフィオーラ!」
「あン……ッ、ブルー、ムさま……っ」

 完全に瞼が持ち上がる前、焦ったようなそれとも怒ったような声音で呼ばれたかと思えば、頬にちゅうとキスをされた。
 左の頬から右へ、額、鼻頭、そして唇と、先程までと違ってやや早急なキスだった。果実に齧り付くかのようにブルームからなるキスの雨が強く降ってくる。

 ――――そのブルームの手が、ソルフィオーラの控えめな膨らみに載せられた。

 膨らみの頂きにある実りを押し込む様にしながら、ブルームの骨張った大きな手に包み込まれる。
 同じ『触れる』なのに、甘やかな痺れが脳天まで駆け抜けた。

「――――ひ、ァんッ!」

 降り注ぐキスの雨に打たれる肌も、大きな手が包まれる胸も、どこもかしこも擽ったい――いや、それ以上だった。
 身体が過敏になったように逐一反応してしまう。そのうち身体の芯が熱くなって、変な気分に襲われる。

(何なの……これ、は……? 頭がぼうっとしてきて……あつい……っ)

 身体が快感に慣れてきた証拠だった。とはいえ、ソルフィオーラは処女であるためそうだとは分からず、正体不明の感覚に不安を抱きながらも与えられる優しい快楽に啼き続ける。
 そしてキスの雨が胸の頂きに落ちた時、ソルフィオーラはそこで身体の一部分にとある変化が起きていることに気づく。

「……んぅ……ンんっ……!」

 迸る甘い衝撃に下肢を擦り合わせ身を捩ったところにふと――くちゅ、と鳴った水音。
 ほんの些細な音で気のせいかと思ったのだが、何かが身体の奥から溢れ出てる感覚に音の発生源を知る。
 ――――顔から、火が出そうになった。

「ああっ、……ぶ、るぅむ……さまっ……ンん……ッ!」
「……っ、ソルフィオーラ……!」

 喘ぐか名前を呼ぶかしかしていない。それはブルームも同じであったが。
 丸い膨らみに沿って、ブルームがちゅっちゅっと口付けていく。より強くなった痺れに行き場を無くした手が胸元にある彼の頭を抱き締めた。
 無意識の行動により、ブルームの顔を自身の乳房に押し付ける形となっていることにソルフィオーラは気付かない。
 控えめな膨らみに押し付けられた眼鏡の縁が当たる。それさえもソルフィオーラには甘やかな痺れとなった。
 堪えられない衝撃が声となって溢れ、ブルームを抱き込む手がより力を込める。

「ああっ……ぶるー、む、さま……あ、ン……!」
「…………っ」

 呻くような息遣いが胸元に降り掛かる。
 ブルームはとうとう刺激で立ち上がった実りに吸い付いた。温かな咥内に包まれて舌でころころと転がされる。
 そうされるともう、ソルフィオーラは声を抑えることなど出来なくなった。
 甘い衝動がぞくぞくと立ち昇り、身体を震わせてくる。思わず手の甲で口を押さえても、隙間から嬌声がとめどなく溢れ出てしまう。

「あンっ、ああ……っ、……ふぁっ……ひぁアんッ!」

 なんてはしたなく啼ぐのだろう。
 与えられる刺激に震え擦り合わせた太腿が糊したようにぺたぺたする。
 まるで粗相でもしてしまったかのように思えて一層恥ずかしさが込み上げ、元々閉じていた瞼を更に強く閉ざす。

(もう……へんに、なりそうだわ……)

 感情は恥ずかしいと叫んでいるのに、ブルームに触れられ心は歓喜している。
 嬉しい、恥ずかしい、好き、恥ずかしい。
 色んな思いがバラバラに入り混じって、ソルフィオーラの思考を真っ白にしていく。そんな風に思考が蕩けても、ブルームの手や唇の感触、彼が零す荒い息遣いだけははっきり届いていた。

 ――――触れる指先が、唇が、熱い。

 胸の突起を舌で嬲られ甘い痺れが身体中を駆け巡る中、ブルームの手が下へ下へと少しずつ滑らかに移動していくのを布越しに感じる。

 肌ざわりのいい絹の上から腰のくびれを辿り、その手が行き着いた先――――
 ネグリジェの裾から侵入し、擦り合わせた太腿の間へブルームの指が入り込む。

(……ああっ、そこは……!)

 思わず下肢に力を込め侵入を阻んだ。
 そこは最も秘めたる場所。ブルームに肌は晒せても、そこを暴かれるのはどうしても抵抗があった。
 閉じた瞼のように、両の太腿を強く挟む。ぐにぐにと脚を動かせば、挟んだブルームの指を揉む形になる。ソルフィオーラはただ侵入を阻みたいだけの行動であったが、もっちりと柔らかい太腿の感触にブルームが再び悶えていたなんて知る筈もなく。

「……、ソルフィオーラっ」

 熱い吐息共に漏れた名前。
 力を込められた指先が柔肉を掘るように先へと進み、ソルフィオーラの秘所の前へと辿り着く。

 ブルームの骨張った指先が、ちょん、と触れた。
 ――――瞬間、びりびりと衝撃とも言える痺れが電流のように迸る。

「ひ、ァああアッ!」

 ソルフィオーラは仰け反ってこれまでより大きな嬌声を漏らした。
 腰のあたりがざわめきびくびくと下肢が震え、伸ばしていた脚が衝動で跳ねるように膝を立てた。

 その時、硬く肉肉しい感触が膝に当たる。

 布越しだったので恐らくブルームの身体なのだと思うが、足や腕にしては細く小さく、前に突き出た棒のような――――

「……くぁっ……!」

 直後、ブルームが呻きピタリと動きが止まった。心なしかぷるぷると震えているように思える。
 今まで互いの息遣いやベッドの軋む音が響いていたのに、途端にその場が凍りついたように静かになった。
 ブルームが動く気配も無い。ソルフィオーラの足の付け根に片手を添え胸元に顔を寄せたまま固まっているようだ。

 間もなくして、ギッとベッドが軋む。ブルームが離れたようだ。
 じくじくと疼くような火を灯す身体と急速に青褪めていく感情。遠のく気配に不安が一気に押し寄せてくる。

 一体どうしたというのだろう。あんなにも熱く私に触れてくれていたのに――――

 ここでようやく、ソルフィオーラは恐る恐る瞼を持ち上げた。
 今までずっと固く目を閉じていたため、目を悪くしたかのように視界がぼんやりしている。
 照明が映すシルエットに、そういえば明かりをつけたまま事に及ぼうとしていたと知りカッと頬に熱が集まる。あられもない姿が丸見えだったようだ。
 徐々に視界は鮮明になっていき、口をぽかんと開け茫然とした表情のブルームが目に入った。眼鏡が大きくずれているのに直しすらしない。

(どう、なさったのかしら……? 下の方を見ているようですけれど……)

 まさか本当に粗相でもしてしまったかと慌てて身体を起こして見てみれば、シーツに目立ったシミなどは一切ない。
 何となく足の間が濡れているような気はするが。ソルフィオーラは首を傾げた。
 改めてブルームの方を見てみると、彼の視線は彼自身の方に向けられている模様。
 その視線を辿って見て……ソルフィオーラは『あっ』と小さく声を上げてしまう。

 視線の先にあったのは、ブルームの、……股間。
 そこだけがテントを張ったように下衣が膨らんでいて、――――大きなシミが作られていた。

「え…………っ?」
「――――ッ!?」

 再び声を漏らしてしまったソルフィオーラ。それを耳にしたブルームがハッと肩を震わせ我を取り戻す。

『あ』の形で口を開けたままきょとんとしているソルフィオーラと目を合わせ、ブルームの顔が瞬間湯沸かし器のように真っ赤に染まった。
 それからブルームはよろよろと立ち上がる。その時眼鏡がずり落ちてベッドの上にぽすんと落ちたが、ソルフィオーラがそれを拾って差し出す間も無かった。――――ベッドから降りると同時にブルームは駆け出し(眼鏡が無いせいかあちこち躓きながら)部屋を出て行ってしまったのだ。

 バタバタバタバタと慌ただしい足音が遠ざかっていく。
 ソルフィオーラは彼の眼鏡に触れたまま、バタンと強く閉じられた扉を見送ることになった。

 チッチッチッチッ……と、時を刻む時計の針の音。静かな部屋にそれだけが響く。

 ――――意味が、分からない。
 何故彼は部屋を出て行ってしまったのか。
 一体彼の身に何が起きたというのか。
 やはり、自分の身体では物足りなかったのだろうか……?

 考えても答えは出ない。
 肌を撫でた空気の冷たさにぶるりと震える。
 そこでソルフィオーラは自分の今の状態に気付くことが出来た。

 胸元のリボンが解かれ開いたところから露わになっている二つの控えめな膨らみ。
 裾は大きく捲り上げられ下肢が丸見えだった。

 なんてはしたなくて――――哀れな。

 ソルフィオーラの瞳から涙が一粒溢れた。
 夫となった人に落胆され、大事な夜の一時から逃げ出された花嫁なんてそうそういない。
 自分の置かれた惨めな状況に、ソルフィオーラは泣きながら衣服を整えた。
 それから明かりも消さず、そのまま布団の中へ潜り込んだ。

 本当だったら二人で寝ていたはずの広いベッド。
 一人で入る布団の冷たさに、目頭がより熱くなった。

 全部、自分が悪いのだ。
 もっと素直に向き合ってブルームと笑い合えていたらきっとこうはならなかった。
 互いの事を話し合い、腕を絡め寄り添い祝福を受け、幸せな夜を迎える。そうなりたかった。そうしたかった。なのに何故思うようにいかないのだろう。

 過ぎた時は取り戻せない。だが、今はそれを願うばかり。
 二人が話すきっかけとなった本の主人公のように、魔法が使えたらいいのに。



 ――――花嫁は一人枕を濡らし、花婿は一人自信を喪失する。
 新たに夫婦となったブルームとソルフィオーラの初夜は、こうしてわだかまりを残し、深めるどころかぎこちない関係を作り出す結果に終わったのだった。
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