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「俺も今度、原稿遅らせてみようかなあ。そうしたら、君が徹夜で張りついてくれるんだよね?」

「……はい?」

 神崎さんは、あんぐりと口を開けたわたしをおかしそうに見て、少しふざけた口調で言った。

「嘘だよ。そんなこと、しない」

「……ですよね、はは」

「うん。でも、ちょっと妬けるのは事実かな」

「妬ける……?」

 校正刷りの陰からそうっとのぞくと、思いがけない真剣な瞳が、わたしをまっすぐに見つめていた。
 落ち着いた大人の微笑みでもなく、からかうような調子でもない、まるで知らない男の人みたいな顔。

「……校了明けの編集者の心情について、取材させてくれないかな? うちで美味い珈琲、入れてあげるよ」

 神崎さんが、ふと照れたように頬をかいた。
 わたしは男くさい無精髭から、目が離せなかった。

 ――違う。誤解しちゃだめ。

 神崎さんは、取材したいだけ。
 作品にリアリティーを持たせることに貪欲なだけなんだ。

 そして、わたしは、校了明けの眠気を醒ましてくれるだろう珈琲の魅力に抗えないだけ。

 いろんな言い訳が頭を巡るけれど、答えはイエスしか思い浮かばなかった。

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