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「こんなところで、どうしたの」

 大好きなひとの声が、低く響いた。
 わたしは飛びあがるほど驚いて振り返った。

 月刊小説誌の校了明け。
 徹夜の出張校正を終えて印刷所を出てきたら、玄関に彼が立っていたのだ。

「え……!? 神崎先生、なんでここに?」

 背の高い三十歳前後のその男は、無精髭を撫でながらニヤリと笑った。

「俺は取材。他社だけど、今度印刷工場を舞台にしようと思ってさ」

 神崎守さんは、わたしが編集者になって、初めて担当した推理小説家だ。
 新人編集者の慣れない仕事にも文句を言わず、逆に励ましてくれる心の広い作家さん。

 最初は、緻密なトリックを操る彼のミステリが好きなだけだったのに、何度か一緒に仕事をするうちに、人柄まで好きになっていた。
 だって、もの柔らかで気さくだし、何より声がいい。

「君は校了? もう終わったの?」

「はい! ちょっと遅れた原稿があって、張りついてたらこんな時間に。あ、やだ。わたし、顔ボロボロですよね。あんまり見ないでください!」

 うう、朝日がまぶしい。
 化粧のはがれたみっともない素顔を見られたくなくて、わたしは持っていた校正刷りの紙で顔を隠した。

「お疲れ様。俺みたいな面倒な作家がほかにもいるの?」

「いえっ、わたしのスケジューリングがうまく行かなかっただけなんです。それに、神崎先生はちゃんと締切守ってくださるし。全然面倒なんかじゃ」

「ふーん?」

 いつも穏やかな彼の笑顔が、なぜか一瞬、意地悪く見えた。
 目の錯覚かな?
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