姉の夫の愛人になったら、溺愛監禁されました。

月夜野繭

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 一人息子として、いずれ伯爵家を継ぐことは決まっている。しかし、エルネストは逃げ出したかった。
 まだ線の細い少年だった彼は、父親から精神的な虐待を受けていた。愛する妻を産褥熱で失った父は子供のエルネストを憎み、強い口調で罵ったかと思うと数週間にわたって放置する、そんな毎日だった。

 ある日、学園に向かう途中だったエルネストは、公園で迷っている少女を見かけた。服装から見て、明らかに貴族の娘だ。
 散歩に来て、供の者からはぐれてしまったのだろうか。
 警備の厳しい上流階級向けの公園ではあるものの、幼い少女が一人でいるのはさすがに危険だ。

『大丈夫かい? 従者はいないの?』

 声をかけると、少女は泣きそうな顔をしてうなずいた。

『最近伏せってばかりのお姉さまのために、綺麗なお花を探していたの。でも、いつの間にか、誰もいなくなってしまって』
『そうか。じゃあ、ここで一緒に待っていようか。この場所は開けているから、きっとすぐ見つけてくれるよ』

 安心させるようにゆったりと微笑むと、彼女はほっとしたのか、こらえていた涙をぽろりとこぼした。
 やがて青い顔をした従者が駆けつけてきて、無事少女を引き渡すことができた。
 少女は別れ際に丁寧なお辞儀をした。

『助けてくれてありがとうございました。あなたは騎士さまなの?』

 さっきまで泣いていた少女が、ころりと態度を変えて瞳を輝かせる。
 エルネストは首をかしげた。

『いや、単なる王立学園の生徒だよ。どうして騎士だと思ったの?』
『騎士さまはお姫さまが困っていると助けてくれるんだって、お姉さまの持っているご本に書いてあったのよ』
『あー』

 おそらく若い女性向けの小説なのだろう。エルネストは読んだことがない。

『いや、俺はそばにいただけだよ。きみを助けてもいないしね』
『ううん、物語の中の騎士さまより素敵です』

 幼い少女が信頼し切った瞳で見上げてくる。
 一緒にいたのはわずかな時間なのに、どうしてここまで人を肯定的に見られるのだろう。彼女の輝く瞳を見ていると、まるで自分が価値のある人間のように思えてくる。
 父親に否定されつづけ、その父親に影響を受けた家の使用人にも軽く見られていたエルネストには、新鮮な驚きだった。そして、その出来事はずっと彼の心に残り、エルネストは騎士の道を選んだ。

 それ以来、十年間、彼はひそかにリリアーナを見守っていた。やがて、優しく無邪気なまま女性らしく成長した彼女に恋をして、ついに求婚した。
 そこまでは順調だった。
 しかし、リリアーナの家の古いしきたりのせいで、エルネストは彼女の姉と結婚することになってしまった。

(あれは誤算だった。だが、こうしてリリィを束縛できるようになったのだから、逆に幸運だったな)

 エルネストは裏から手を回し、マルコーニ家の借金が増えるように仕向けた。そして多額の結納金を提示し、子供が生めないという姉の代わりにリリアーナを寄越すように圧力をかけた。
 十年の間に彼の想いは凝り固まり、エルネストにとっては彼女だけが唯一の救いに思えていた。

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