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しおりを挟むけれど、彼に抱かれるようになって二年が経ってもリリアーナは妊娠しなかった。このまま、孤島の城でエルネストと二人、ずっと過ごしていけるような錯覚すら覚える。
きっと自分は身ごもりにくい体質なのだろう。リリアーナはできるだけ妊娠については考えないようにしていた。
(あ、ほくろがある……)
吐精したあと、本格的に寝入ってしまったエルネストの引き締まった背中を再び見つめる。癖なのか、彼はいつもリリアーナに背を向けて眠る。
そのたくましく張り出した肩甲骨の下に、黒い小さなふくらみが見て取れた。
たぶん姉は、このほくろを知らない。
(ううん、それだけじゃない)
戯れのように口づけを仕掛けてくるときの甘いささやき声も、額の汗を拭うとき手の甲を使う癖も、姉は知らない。
いつも涼しい顔をしている彼が、そのときだけ獣のような目をすることも、きっと。
姉は、彼と床を共にしていないのだから。
(でも……この人は)
本当は姉の夫だ。公式に認められている婚姻関係では、エルネストの妻はミレーナなのだ。
彼への恋が深まるほど、最愛の姉の影が濃くなる。姉を裏切っている苦しさから目を背けるほど、かりそめの夫への独占欲が強くなっていく。
その悪循環は、禁忌の恋に堕ちた者だけが溺れる地獄だ。
それでも、リリアーナは最期までこの恋情に縋っていたかった。
これからの人生で望むのはそれだけ。甘く苦い口づけのように、このやり切れない想いもすぐに歓喜に変わるから。
城壁に押し寄せる波の音が、ようやく遠のいていく。
自分だけが知っているエルネストの秘密を数えて安心すると、リリアーナはやっとつかの間の眠りに落ちた。
* * * * *
この島はエルネストの楽園だ。
頑強な城はかつて祖先が守っていた海の砦で、世界情勢の変化に伴って数代前に打ち捨てられていた。
エルネストはその孤島の廃墟に手を入れて、リリアーナが暮らせるように整えた。
複雑な潮の流れによって孤立した城砦は、高貴な罪人を幽閉するために使われていたこともあったらしい。内部の造りは貴族の館として問題はなく、大切な女性を住まわせるのに十分な設備もある。
リリアーナ以外には、信頼できる女性の使用人を数人と、エルネストに恩義を感じている年老いた家令だけを置いていた。
「リリィ」
疲れ果てて眠る女の目を覚まさないように、ほとんど吐息のような小さな声で彼女の愛称を呼ぶ。
リリアーナは美しく成長したけれど、寝顔には少女時代の面影が濃い。
彼女には夜会で見染めたと話したが、本当はそうではない。二人はもっと幼いころに出会っていた。
エルネストが十二歳、リリアーナが八歳のときだ。彼は当時、貴族の子弟が通う王立学園の生徒だったのだが、進路に悩んでいた。
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