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しおりを挟むしかし、今考えれば、最初からその萌芽はあったのだ。
三年前、初めて彼がマルコーニの屋敷に現れたとき、リリアーナはこんなに美しい男性がいるのかと驚いた。
子供時代から病弱な姉に付き合って家にいることの多かったリリアーナは、十八歳という年齢のわりに社交の範囲が狭かった。そんな純朴な少女が、颯爽と求婚に現れた若い騎士へ憧れを抱かないわけがない。
その後の親戚間の揉め事で、エルネストの婚約者は姉になってしまったけれど、最初彼はリリアーナへ求婚するために屋敷を訪れたのだ。エルネストはリリアーナが出席した数少ない夜会で、彼女を見染めたのだという。
虚弱な姉が大切なのは本当だったけれど、リリアーナは心のどこかでエルネストは自分のものだと思いたかった。それで、姉の身代わりとして妾となるという、突拍子もない提案にうなずいてしまったのだ。
ミレーナとエルネスト・イラーリオとの婚儀が行われ、彼女は姉の付き添い兼介護役としてイラーリオ伯爵邸に赴き、そのまま同居した。
リリアーナは表向きにはただの義妹だったけれど、エルネストは彼女にも〝誓いの指輪〟を贈ってくれた。
それがリリアーナの左手にはまっている白金色の指輪で、この国では正妻の証とされる装飾品だ。指輪に彫られた柄は、格子模様。
当然姉の指にも誓いの指輪はあったけれど、その指輪には貴族の女性に人気の花の形が彫られていた。
リリアーナには、花柄と格子柄の意味の違いはわからない。なにか意味があるのかもしれないし、単にエルネストの気まぐれなのかもしれない。
ただエルネストの優しい表情から、彼が病弱な姉を大切にしてくれているのはよくわかった。
それはありがたいことだったけれど、心の底では苦しかった。自分は姉の身代わりだとわかっていたのに、笑顔を作るのがどんどん難しくなっていく。
そんな彼女を見かねたのか、半年ほどして別邸が用意された。
ある日の明け方に突然起こされたリリアーナは、馬車に乗って慌ただしく移動した。なぜそんなに急ぐのかはわからなかったが、エルネストが弱り切った自分を心配してくれたのだろう。
別邸は、イラーリオ伯爵家から馬車で半日ほどの場所だった。なんと荒海にぽつんと浮かぶ小さな島で、島そのものが堅牢な城になっていた。
もともとは敵国から国を守るための要塞だったらしい。島の周囲は潮の流れが複雑で、その海域に慣れた漕ぎ手しか船を着けることができず、まるで罪人を隔離する牢獄のようでもあった。
美しく改築された城で、リリアーナは暮らすようになった。ただエルネストを待つだけの日々だが、リリアーナは幸せだった。
彼は週末にこの島を訪れ、二泊ほどして自邸に戻っていく。
(たとえ週に数日でも、その間、エルネストさまはわたくしだけの夫だもの)
姉の姿が見えなければ、彼の妻はリリアーナなのだと自分の心を偽ることもできた。
もちろん期限はある。イラーリオ家の継嗣を妊娠したら、すべてが終わるはずだ。
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