婚約破棄&国外追放された悪役令嬢のわたしが隣国で溺愛されるなんて!? 追放先の獣人の国で幸せになりますね

月夜野繭

文字の大きさ
上 下
19 / 22
番外編 幼なじみはあの娘に夢中

2.あんなに小さかったのに

しおりを挟む


 その男が実はまだ十六歳だなんて、いったいだれが信じるだろう。

 十字路の黒髭亭のカウンターに腰を据えてこちらを見ている姿は、とても年下には思えない。
 周囲で酒を飲む大人の男たちと比べても、むしろ貫禄があるくらいだった。

「はい、揚げ鶏のおかわり、どうぞ」

 ジュリエットが大皿をニコラスの前におく。
 ニコラスは体つきに見合わない無邪気な笑顔を浮かべた。

「ありがとう、ジュリねえちゃん」
「やめてよ、そんな呼び方してたの、小さいころだけじゃない」
「だって、ジュリねえちゃんって呼ぶまで、俺のこと忘れてたみたいだからさ」
「ニコラスのことは忘れてないって。こんなに大きくなってるとは思わなかったのよ」

 一応気を遣って、小声で話をする。
 さすがに働きはじめて一日目なので、大人しくしていなければ。

 それに気づいたニコラスはニコッと笑うと、追加の注文をした。

「果実水のおかわりもお願い」
「麦酒は飲まないの?」
「酒は飲めないんだ……」

 悔しそうに唇をかむニコラス。
 しゅんと落ちこむ様子が大人しい子供だったニックの姿と重なって、ちょっと笑ってしまった。

「おーい、そこのあんた、麦酒を頼むよ!」
「こっちもだ!」

 十字路の黒髭亭は王都でも大きな酒場だ。
 広めの店内のあちこちから女給であるジュリエットに声がかかった。

「はーい、ただいま!」

 一日の労働を終えた男たちの憩いの場であるこの店は、酒だけではなく食事も出している。庶民の味ではあるけれど、大盛りで濃い味つけの料理は男たちに評判がいい。
 ジュリエットは厨房に注文を伝えると、できあがった料理の皿を元気よく配りはじめた。

「おまたせ! いっぱい食べてね」

 その様子をカウンターの端に座ったニコラスがじっと見つめているのに、ジュリエットは気づいた。

 昼間ニコラスと再会した時、一緒にお茶でも飲まないかと誘ったのだけれど、ニコラスは仕事中だった。
 今は鍛冶屋の弟子になっているらしい。ジュリエットが帰ってきたという噂を聞いて休憩時間に探していたとのことだった。
 ジュリエットが十字路の黒髭亭で女給として働くことになったと軽く話すと、ニコラスは仕事が終わったら酒場に行くと言うので、その場は別れた。

「はい、ニコラスもお待たせ!」

 果実水をニコラスの前に置く。ニコラスの手が木製のカップをつかんだ。
 大きな手だ。
 これがあのかわいかったニックだなんて、まだ信じられない。

「せっかく来てくれたのに、あんまり話していられなくてごめんね」
「ああ、ジュリエットの仕事が終わるまで待ってるから、一緒に帰ろう」
「遅くなるわよ」
「大丈夫。もう、すぐに眠くなる子供じゃないよ」

 ニコラスが唇をゆがめて大人っぽく苦笑する。声もすごく低くなってしまっていて、びっくりだ。
 ジュリエットは「じゃあ、またあとでね」と言うと、酒場のざわめきの中に戻った。

 やがて夜が更け、酒の入った客が女給をからかったり絡んだりしはじめる。ジュリエットも酔っぱらいに体をさわられて嫌な思いをしたが、なんとかあしらって仕事を続けた。
 まあ、酒場の女給なんてこんなものだ。生活費がたまるまでの辛抱だ。

 ニコラスは暇なのか、そんなジュリエットを飽きずに見つめているようだ。ジュリエットはその視線を閉店までずっと背中に感じていた。





「いつまであの店で働くの?」

 ニコラスに聞かれて、ジュリエットは首をかしげた。

「そうねー、新しい部屋に引っ越す資金がたまるまでかな」
「新しい部屋?」
「うん。今の部屋はとりあえずで借りたところだから、ちょっと狭いし台所もなくて不便なのよね」

 せめて食事は自分で作りたい。市場で総菜を買ってくるより節約になるし。

 店じまいした酒場をあとにして、ニコラスと並んで深夜の繁華街を歩く。
 まだいくつか開いている店もあるけれど、ほとんどは営業を終えている。人っ子一人いない路地は静かで真っ暗だ。ニコラスの持つランタンの明かりだけが狭い範囲の闇を照らしている。

 王都はレスルーラ王国最大の都市で、街を警備する兵士も多いし自警団の組織もしっかりしている。規模のわりに治安のいい街だった。
 でも、夜の王都は不気味で、予想以上に怖かった。

「す、すぐそこなのよ。送ってくれてありがとう」

 十字路の黒髭亭を職場に選んだのは、住まいから近かったからだ。歩いて数分だし、夜でもまあ大丈夫だろうと思っていたのだけれど……。
 ニコラスに送ってもらってよかった。
 集合住宅の玄関にたどりついて、ジュリエットはひそかに安堵の息を吐いた。

「明日も行くから」
「え?」
「遅くなっても行くから、待ってて」
「十字路の黒髭亭に来るの?」
「うん。ジュリエットの仕事が終わったら、また家まで送る」

 ニコラスを見あげると、彼はにこにこと笑っていた。
 その無邪気そうな笑顔に安心感を覚えるのと同時に、なんで久しぶりに会った友人にそこまでしてくれるのだろうと疑問を感じた。

「でも……」
「飯のついでだしさ、女の子が夜道を一人で帰るなんてやっぱり危険だよ」

 年下の幼なじみから、女の子扱いされてしまった。
 あんなに小さかったのに、まるで一人前の大人みたいな口のきき方。

「ニコラスこそ危なくないの? 家、遠いんでしょ?」
「俺は平気だよ」

 またにっこりと笑うと、ニコラスはちょっと照れくさそうに頭をかいた。

「あー、俺さ」
「……?」
「二年前、ジュリエットがいなくなってから荒れたんだ。喧嘩ばっかりするようになって」
「ニコラスが?」
「それで、おまえみたいな乱暴者は鍛冶屋の親方に鍛えてもらえって親に言われて、今の親方に弟子入りした」

 繊細な少年だったニコラスが暴力をふるうようになったなんて、とても信じられない。でも、今の筋肉に覆われた体を見ていると、この二年でいろんなことがあったんだろうなと思わざるをえなかった。

「俺、大人になるよ。仕事ももっと真面目にやる」
「うん……? 偉いね、ニコラスは」
「将来は、自分の鍛冶屋を持って親方になる。絶対苦労はさせないからさ、その……」

 ニコラスは急に大きな図体をもじもじさせはじめる。
 ジュリエットがその奇妙な態度にぽかんとしていると、彼は突然大きな声で叫んだ。

「なんでもない! じゃあ、また明日!!」

 そして、ジュリエットを玄関の中に押しこむと、「ちゃんと鍵かけてね」と扉の向こうでつぶやいた。

「う、うん。おやすみ、ニコラス」
「おやすみ」

 玄関に鍵をかけると、ニコラスが帰っていく気配がした。

 ジュリエットは呆気に取られて、しばらくその場で立ち尽くしていた。
 けれど、ニコラスの言動の理由はニコラスにしかわからないのだから、これ以上考えても時間の無駄だ。その分、睡眠時間を確保して翌日に備えたほうがいい。

「さて、明日も忙しくなるかな。バリバリお金稼ごうっと」

 その夜はとてもよく眠れた。
 内容は覚えていないけれど、すごく楽しい夢を見た気がした。





 それから数週間後、王都はある喜ばしい話題で持ち切りだった。
 レスルーラ王国王太子ヴィンセントの婚約が国民に発表されたのだ。

 ジュリエットが十字路の黒髭亭に出勤すると、同僚たちは以前のパレードで見たヴィンセントの様子や婚約のお相手の令嬢の話で盛りあがっている。

「王太子殿下は素敵よね。近衛騎士団の団長様もかっこいいけど!」
「前の婚約者様が突然獣人の国に嫁がれたから、どうしたのかと思ってたのよね」
「とにかくめでたいこと。よかったよかった」

 ヴィンセントとは同じ学園に通って、個人的にも話をするような間柄だった。おまけに前の婚約者、アナスタージアが金獅子朝ブライ帝国に嫁ぐきっかけになった事件には、自分も深くかかわっている。
 けれど、さすがにその秘密は墓まで持っていかなければならない。

「へえー、そうなんだ」

 ジュリエットが軽く受け流していると、年上の女給がニヤニヤしながら話しかけてきた。

「あんたには素敵な恋人がいるもんね。毎晩、家まで送ってくれるなんて、熱々じゃない」
「恋人? あれは違うわよ。単なる幼なじみ」
「またまた~!」

 二、三人の女からやいのやいのとこづかれる。

「あれ、今おなかに入ったひじ、結構痛かったんだけど?」
「あはは、冗談冗談」

 ちょっと本気のどつきだった気がする。
 ジュリエットが苦笑してふたたび掃除を始めると、女たちは噂話に戻っていった。

「王太子殿下の婚約者は、まだ十歳にもならないんだって」
「あら、じゃあ結婚はずいぶん先なのねー」

 どうやら婚約者のご令嬢は、獣人国とは別の国の王女らしい。伯爵令嬢だった時にさんざん聞いた『政略結婚』というやつか。
 そのお姫様はまだ小さいのにレスルーラ王国に移り住んで、王妃殿下のもとで花嫁修業を始めるという話だった。

「さあ、そろそろ開店よ。みんな、おしゃべりはそのへんにして、今日もしっかりね!」

 奥から出てきた年かさの女将が号令をかけた。

「はーい!」

 ジュリエットも大きな声で気合いを入れる。

 顔なじみの客を席に案内しながら、ジュリエットは少しだけヴィンセントのことを思った。
 最後に彼と会った時、アナスタージアにふられてずいぶん気を落としているようだった。だけど、最初にアナスタージアを突き放したのはヴィンセントなのだからしょうがない。

 だれもが自分のように吹っ切れる性格ではないのは、さすがにわかっている。
 それでも、ヴィンセントはきっと立ち直れると信じたい。平民になるジュリエットのことを心配してくれたし、別に悪い人ではないのだ。

「ヴィンセント様に祝福がありますように……」

 ジュリエットは手にしていた布巾を置くと窓の外の暮れかけた夕空を見あげ、幸運の女神にそっと祈りを捧げた。

 そして、次の瞬間には、もうそのことは忘れてしまっていた。

 十字路の黒髭亭が閉店するころ、きっとまた赤毛の大男が迎えに来るだろう。
 最近、彼への対処をどうするかで頭がいっぱいなのだ。やけにベタベタしてくるあいつを今夜はどうやってあしらったらいいかしら。

 あんなに小さかったのに、かっこよくなっちゃって。まったく、生意気なんだから!


しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果

富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。 そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。 死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。