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二十歳の衝動 1
しおりを挟む背中につけられた爪の痕が、ひりひりと痛む。
熱いシャワーを浴びながら、俺はひどく後悔していた。やはり一線を越えるべきではなかった。これで、俺たちは終わりだ。二十年間続けてきた幼馴染みの関係は、一夜にして壊れてしまった。
シャワーから出たら、あいつはもういないだろう。もともと荷物の少ないワンルームマンションには、冬の冷えた空気だけが留まっていることだろう。
* * *
「涼介、今夜泊まりに行っていい? 親がさー、旅行でいないんだよ。飯、作って!」
「またかよ。俺はおまえのママじゃねえぞ」
家事能力が壊滅的な幼馴染みは、片道一時間半以上かかる大学に実家から通っていた。
高校卒業と同時に家を出た俺は、文句を言いながらもつい孝太の面倒を見てしまう。孝太から離れるために、違う大学へ行って、一人暮らしを始めたというのに。
「だってさ、涼介の飯、うまいんだもん」
甘えたように見上げてくる幼馴染みから目をそらす。可愛いんだよ、ばーか。
そうだ。俺はまだ幼稚園のころから、こいつに恋をしていた。孝太は男だから嫁にできないと親に諭された日は、駄々をこねて大泣きしたものだ。
「……何、食いたい?」
「やった! 俺ねー、ハンバーグがいいな。中にチーズが入ったやつ。あと、プリン!」
「面倒くせぇな。ハンバーグは作るけど、プリンは無理。セブンマートのプリンに勝るものは、だれにも作れねえだろ」
「おまえ、好きだよなー、セブマのプリン」
「おう」
なんだかんだ言いながらも、俺は大学の講義のあとスーパーに寄って、ひき肉とタマネギを買う。結局俺は、孝太には絶対敵わないのだ。
ピザ用チーズはまだ冷蔵庫に残っていると思ったら見当たらなかった。普通のハンバーグを作ったけれど、孝太は喜んで食べていたから、まあいいだろう。洗い物は孝太にやらせて、風呂に入る。
孝太はいつもどおり泊っていくことになった。孝太が泊まるとき、俺はなんだかんだ理由をつけて彼より遅く寝るようにしている。
その晩も、俺はシングルベッドを占領して先に寝てしまった孝太の寝顔を、飽きずに眺めていた。遅く寝る理由はこれだ。孝太の寝顔を見たいから。
小ぶりな顔に、長い睫毛。小さな鼻。半開きの唇。昔から童顔で、女子みたいに見られるのが嫌だと、夏の間に焼いていた肌は、もうすっかり白くなっている。
孝太の顔をまじまじと見られる機会なんて、こんなタイミングくらいしかない。
「……孝太」
綺麗な顔だけれど、性格はガサツで大雑把。でも、おおらかで明るくて、いつも機嫌が悪そうだと言われる無愛想な俺に対しても、ずっと親友だと笑いかけてくれる。
「……好きだ、孝太……」
暗闇に溶けるように、小さくつぶやいたそのとき、孝太のまぶたが震えた。黒目がちの大きな瞳がぱちりと開いて、俺を見つめる。
「マジ……? 涼介は俺のこと、好きなの?」
「おまえ、起きてたのか!?」
「今、起きた。なんか気配がして」
「野生動物かよ……」
「で? どうなの? 涼介は、俺を女みたいに思ってるの?」
じとっとした目つきで、俺をにらむ孝太。俺は頭が真っ白になってしまって、慌てて否定した。
「違う! ……違うんだ」
「…………」
「孝太が男だなんて、よくわかってるさ。おまえはぐずぐずと意気地のない俺なんかよりも、ずっと男らしいよ」
「じゃあ、なんで」
なんで。なんで好きなのか。本気で好きなのか。
それを俺に聞くのか。物心がつくかつかないかのころからの、長い初恋をこじらせた俺に。
「しょうがないだろ!? ずっと……ずっと好きだったんだ」
「そっか、わかった。いいよ」
「笑いたきゃ笑えよ。――って、『いいよ』? は?」
「俺を好きでいていいってこと。許す」
ベッドから起き上がり、偉そうにうんうんとうなずく孝太に、俺は抑えに抑えていた気持ちが爆発するのを感じた。
なんだよ、それ。ふざけているのか。冗談だと思っているのか。
「孝太、俺の気持ちを舐めるな」
「え?」
「俺はな、本気なんだよ!」
ぽかんとする孝太をベッドに押し倒し、深く口づける。
孝太は最初もがいたけれど、口の中に舌を差しこみ衝動のままに舐めまわすと、そのあとはほとんど抵抗しなかった。俺はやけになって、孝太のパジャマに手をかけた。
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