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しおりを挟む和真が目覚めたとき、既に日は高く、早春だというのに車内には熱気がこもっていた。
「あー、腰が痛い」
車を降りて伸びをすると、体がギシギシと軋みを上げた。
ふと、まだ姿のないミツルのことが気になって小丘を見上げる。ミツルはまだ桜の下で寝こけているのだろうか。
「……は!?」
おかしい。和真は目を瞬かせた。
目の錯覚、か?
「…………」
違う。目の錯覚ではない。
驚きのあまり、声が出ない。思考もうまく回らない。
ざわり、ざわり。
ざわり、ざわりと。
なまぬるい風に揺れているのは、朽ち果てた古木の骸のような枝幹だった。
満開の桜花はない。それどころか、生きた樹木の気配もない。
ただ黒々と朽ちて折れた枝が、ぶらぶらと生気なく揺れていた。
「なんだよ、これ……」
ふらふらと丘を登りミツルを探すが、そこには誰もいない。飲み食いしたまま放っておいたはずの缶や瓶、レジ袋やゴミもどこかに消え失せていた。
突然恐怖と焦燥感に駆られ、和真は思わず走って車に戻ると、慌ててエンジンをかけた。昨夜はまったく反応しなかったエンジンが無事かかって、とりあえずほっとする。機器の異常もないようだ。
ミツルの荷物は、と思い立って後部座席を覗くと、そこには何も残されていなかった。俺が寝ている間に取りに来たのか……?
「ミツル……」
とにかく落ち着こう。あんな立派な桜の木が一夜で枯れるなんてありえない。昨夜はずいぶんと飲んだから、記憶が混乱しているのかもしれない。
たぶん満開の桜は、夢で……花見酒だと冗談を言いながら、ミツルと酒を飲んだのだ。ミツルの性格からは想像できないが、その後ミツルがあと片づけをして、車から荷物を取り出し、ひとりで先に村の外へ出ようとしたのだろう。
そういえばと思い出して、スマートフォンを手に取った。日女薙村で撮った写真や動画がある。
「…………」
だが、写真は画像加工アプリで編集したあとのように色褪せてぼやけていた。動画は酷いノイズが入っており、ミツルらしき人物がしゃべっている最中にプツリと途切れた。
冷たい水を浴びせられたような震えが止まらない。
これは……単に失敗したんだ。スマートフォンの機種変更をしたばかりで慣れていなかったから、撮影に失敗した。昨日確認しなかったから、わからなかった。最初からこうだったんだ。
自分に言い聞かせて写真と動画を削除した。フォルダからなくなると少し気持ちが落ち着いた。
和真は気を取り直して車のエンジンをかけた。
きっと山道の途中で、ミツルがぶつぶつと文句を言いながら待っている。寝坊すんなよとかもう歩き疲れたとか、そんな他愛のない愚痴をこぼしたあと、あっけらかんとして言うだろう。
――じゃあ、行こうぜ、和真。動画の編集も手伝えよ。
ただざわり、ざわりと。
春の山が疾風に蠢く。
荒れ果てた廃村の古い塚では、もう誰も見ることのない桜の蕾がほころんでいた。
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改めて、すっごくいいです……
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なとみ様
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感想ありがとうございました!!
退会済ユーザのコメントです
舞子様
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ミツルのツボ、細かいところですが、気に入ってます( ̄∇ ̄*)ゞ
投票もうれしいです!
ありがとうございました❤️
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