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初恋の人はあなたです ①
しおりを挟むラーシェン伯爵邸に戻り湯浴みをして人心地がつくと、なんだか気が抜けてしまった。
だるくて力が入らない。
まだ夕方だったけれど、わたしはそうそうにベッドに入った。
別の部屋で湯浴みをしていたクリストフが、髪をふきながら寝室に入ってくる。
「ミルドレッド、疲れただろう? ゆっくり休んで、いやなことは全部忘れるんだ」
上半身を起こして迎えると、ベッドに腰かけたクリストフが肩に下ろしたままの金髪をなでてくれる。
わたしはその大きな手をつかんで、そっと自分の頬にあてた。
彼の体温を感じて、強ばった心がほんわりとほどけていく気がする。
「このまま、ここにいてもらえますか?」
「ああ。そばにいる」
深みのある優しい声が胸に響く。
こういうとき、彼がわたしよりもずっと大人なんだと実感する。
「しばらく休みを取ると騎士団に連絡した。きみが落ち着くまで、一緒にいるから安心しろ」
「えっ、お休みしても大丈夫なのですか? あの人……の取り調べもあるんですよね?」
デリックの名前を口に出そうとしたら詰まってしまった。
名前を思い出すのもいやだ。
クリストフはそれに気づいていると思うけど、ただ静かに寄り添って肩を抱いてくれた。
あのときの恐怖と、今感じている安堵がごちゃごちゃになって、次から次へと涙があふれる。
「こんなに泣いて、ごめんなさい。あの人に、子どもっぽく見えるところがいいって言われて。でも、それがすごくいやで……」
「ああ」
「大人になりたい。あなたの隣に立っても、おかしく思われないような……。でも、こんなに泣いていたら、肝心のあなたに呆れられちゃいますね」
指先で涙をぬぐい、にっこりと笑って見せる。
これ以上、子どもっぽい振る舞いはやめなくちゃ。本当に子どもに戻ってしまいそう。
わたしはクリストフにふさわしい女性になると決めたんだから。
クリストフは、わたしの肩を軽くポンポンと叩きながら苦笑した。
「恐ろしい目に遭ったんだ。我慢なんかしなくていい。子どもとか大人とか関係ないさ。それに、きみがあんな卑劣な男の言葉に傷つく必要はない」
「はい。だけど、わたくしは実際に背も低いし、童顔だし、性格も落ち着きがないと言われますし」
「ミルドレッドは子どもなんかじゃない。俺がよくわかっている。もちろんきみは容姿もかわいくて綺麗だが、俺はミルドレッドの中身に惚れているんだ」
「え……?」
今、クリストフはなんて言ったの?
わたしに、惚れている……?
「え、え、ええぇっ!?」
結婚してから――ううん、婚約してからずっと、愛の言葉をもらったことはない。
政略結婚の形を借りた押しかけ妻なので、それもしょうがないし、正式な妻として受け入れてもらっているだけでもありがたいと思っていた。
クリストフを見上げると、彼はかすかに赤面してこめかみをかいている。
「まあ、こんな強面のおっさんに言われてもうれしくはないだろうが」
「クリストフさま……」
心の奥底から、大きな喜びが込み上げてきた。
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