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かわいくなんかありません ①

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「あの、ここは本当にライリーの乳母の部屋なの?」

 侯爵邸には本館とは別に、上位の使用人が暮らす別館がある。
 デリックに連れていかれたのは、その別館の中のひと部屋だった。
 簡単な机と椅子のセットが置かれていて、あとは壁際にベッドがあるだけの狭い部屋だ。

「使われていない部屋ですよね? 荷物がなにもないし、ベッドにシーツもかかっていないわ」

 さすがによく掃除されていて埃はかぶっていないけれど、人が暮らしている部屋とは思えない。

 振り返ってデリックを見ると、薄い茶色の瞳が底光りしているようで、なんだか変な雰囲気だった。
 ライリーのことを考えていて、あまり気にしていなかったけれど、この奇妙な男とふたりきりになってしまった状況を急に意識してしまう。

「わたくし、姉のところに戻りますわ。失礼します」
「お待ちください」

 デリックに手首をつかまれた。

「ひゃっ!」
「大丈夫ですよ。怖いことはしませんから、そんなに警戒しないでください」
「じゃあ、手を離して」

 振りほどこうと手を引いても、つかんでいる指の力が強くて離れない。クリストフのような鍛えられた体ではないけれど、それでもやっぱり男性の力だ。

「僕はあなたに話を聞いてほしいだけなんです」

 無害そうな顔をしているのに、行動はだいぶおかしい。
 いやな予感がした。話を聞くだけで気がすむのなら、早くしてほしい。
 わたしは急かすように早口で問いかけた。

「お話ってなんですか?」
「ミルドレッドさま。先ほど初めてお会いしたとき、僕は愛の天使が目の前に舞い降りたのかと思いました」
「……は?」
「あなたは、僕の理想の女性です」

 デリックがうっとりとした顔で見下ろしてくる。その表情が普通じゃなかった。
 悪酔いした人みたいに目が据わっている。顔色も真っ赤だ。

「本当にかわいらしいですね。アレクシスさまの妹ということは、年齢的に社交界デビューは済んでいるんですよね? それなのに、まだ少女のままの愛らしさだ」

 この人は、なにを言っているんだろう。
 ギラギラとした目が怖いし、呼吸がハァハァと荒くなってきているのも気持ち悪い。

 どうしよう。なんとか逃げ出さなきゃ。

 そうは思うものの、いいアイディアが浮かばない。
 少しでも彼と距離を取ろうとのけぞるわたしを、デリックが引き寄せた。

「ミルドレッド、僕はあなたにひと目惚れをしてしまいました。どうか僕と結婚してください」
「は……はぁ!?」

 デリックはわたしが既婚だと知らないのだろうか。

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