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媚薬じゃなかった!? ①
しおりを挟むいつも忙しいクリストフにも、お休みの日はある。
長期出張のあとだったこともあって、翌日はその休日で、久しぶりにふたりで姉の家を訪問する約束をしていた。でも、朝方騎士団から急な連絡があって、彼は遅れて来ることになった。
せっかく一緒にお出かけできると思ったのに悲しい。
「お姉さま、お元気かしら」
姉に会うのは約ふた月ぶりになる。
姉の嫁ぎ先は、有能な宰相を輩出する侯爵家で、お屋敷もとても大きくて立派だ。
その客間に通されて待っていると、金髪の美女が現れた。
彼女は、淑女に許される最速の早歩きで近づいてきて、わたしをぎゅーっと抱きしめた。
「ミルドレッドちゃん……!」
「お姉さま、さすがにこの年で〝ちゃん〟付けはやめてくださいませ」
「んもう、相変わらずの塩対応! 久しぶりなのに冷たいわ」
「そんなことはありません。お会いできて、とってもうれしいです」
「わたくしもよ、ミルドレッド」
金髪の美女は、年の離れたわたしの姉アレクシス、二十四歳。
豪奢な金髪と明るい碧眼は姉妹でよく似ているけれど、姉はすらりとした長身で大人っぽい美人。妹のわたしは、平均よりだいぶ小柄で、未成年に見られることも多い正真正銘の童顔。
憧れでもあり、劣等感の源でもある姉だけど、大好きなことに変わりはない。
ただ姉にはひとつだけ悪い癖があって、いつも困らされている。
「ああ~ん、もう、やっぱりうちの妹は世界一かわいいわね! この美少女め~!」
アレクシスがわたしのほっぺたをむぎゅっとつねる。
姉の悪癖――それは、妹、つまりわたしのことが好きすぎるための奇行だ。
猫かわいがりという言葉があるけれど、まさにそのとおり。むやみやたらになで回すし、隙あらば過保護に甘やかそうとする。
大切に思ってくれる気持ちはありがたいんだけどね。
「お姉さま、美少女は言いすぎでしょ。わたし、もう人妻なのよ。あ、そういえば、クリストフさまがお仕事で遅れてくることになったの」
ちゃんとおしとやかな言葉遣いをしようと思っていたのに、早速崩れてしまった。
姉の前では、一人称もつい『わたくし』じゃなくて『わたし』になるし、砕けたため口になってしまう。
アレクシスは本人がざっくばらんな性格のせいか、わたしの口調はとくに気にせず普通に返事をした。
「あら、いつも忙しいのね」
「それでね、実は彼が来る前に、お姉さまとふたりだけでお話したいことがあるの」
「わたくしとふたりで!? もちろんよ。あなたの好きなホワイトガーデンのガゼボにお茶の用意をしているの。いらっしゃい」
「まあ、うれしいわ。ホワイトガーデン、大好き!」
広々とした侯爵家のお庭の一角に、白い花だけが集められた小さな庭園がある。その清らかで美しい庭は、わたしのお気に入りだ。
今日もホワイトガーデンには大小さまざまな白い花が咲き乱れていた。
同じ白でも青みがかった白から、あたたかな乳白色まで幅広い。多種多様な白い花がバランスよくまとめられていて、侯爵家の庭師のセンスがうかがえる。
午後の日差しはまだ高く、ガゼボの屋根がちょうどいい日よけになっていた。初夏のさわやかな風が心地いい。
香り高いお茶をいただきながら、さりげなく視線を巡らせ、周囲からメイドたちがいなくなったことを確認する。
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