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離縁の危機 ②
しおりを挟む「あの、ご不快ではありませんでした?」
「なぜ?」
「勝手にお母さまのお部屋をいじってしまって」
「いや……。父がこの部屋を閉めて以来、静かすぎる空気が苦手で、ここに来ることもなかった。だが、こうしていると母を思い出す。穏やかで優しい母だった」
振り返ってわたしを見る彼は、懐かしそうに顔をほころばせた。
「ありがとう。きっと母も、このほうが喜ぶだろう」
少しでもクリストフを癒したくてやったことだけれど、逆効果にならなくて本当にほっとした。
胸を押さえて安堵の息を吐くと、彼がこちらに向き直る。
緑色の瞳が暖炉の炎を映して、きらきらと輝いていた。
「ミルドレッド、きみは素直で明るくて、いつも一生懸命で……俺のように気が利かなくて武骨な、十二も年上の男にはもったいない妻だ。今からでも、きみにふさわしい若い伴侶を探したほうがいいのだろうが――」
「えっ、ええっ!? いやです! わたくしはクリストフさま以外に嫁ぐなんて絶対にいやです!!」
まさか、これは突然の離縁宣言!? 新婚ふた月で!?
あまりに驚きすぎて、そんな気はないのにブワッと涙があふれてきた。
せっかく十年越しの憧れの人と結婚できたのに。やっと、初恋の騎士さまのお嫁さんになれたのに。
今さら離縁だなんて、想像するだけで泣けてくる。
「いや……です。ひっく、ひっく、うぅ……」
「すまない」
泣きじゃくるわたしに、クリストフが困ったように謝ってくる。
「あ、謝ってほしいわけじゃ、ありません。うぅ、ひっく」
泣き落としがしたいわけではなかったけれど、彼が謝ってきたというのは、そういうことなの?
すまないが離縁するって言いたいの?
「ミルドレッド」
クリストフが渡してくれたハンカチで涙をぬぐって、ぐじゅぐじゅになった鼻をかむ。
とにかくいったん落ち着いて、話を聞かなければ。
そのあと、どうにかして彼の気持ちを変えて、結婚生活を続けられるように説得しなくっちゃ。
だって、大好きな旦那さまと、ずっとずっと一緒にいたいから。わたしは負けない。
内心でそんな決意を固めていたわたしの肩に、クリストフが大きな両手を置いた。
「そういう意味じゃないんだ。俺も……いやだ」
「え?」
女性の中でも小柄なわたしと、成人男性としてもずば抜けて体格のいい彼とは、四十センチくらいの身長差がある。
肩に両手を置かれても、彼にとっては椅子のひじかけに腕を乗せるくらいの角度だ。
まさか腕が疲れたから休憩――とかじゃないわよね?
わたしがひそかに慌てていると、クリストフが腰をかがめて覆いかぶさってきた。
「クリストフさま?」
部屋の明かりが陰る。わたしの顔をのぞき込んだ彼の影になってしまったのだ。
彼は無言で、暖炉の薪がはぜる音だけがお義母さまの部屋の中に響いている。
どうしたんだろう、と疑問に思った瞬間、クリストフの唇がわたしの唇に当たった。
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