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離縁の危機 ①
しおりを挟む「あの、クリストフさま。もしお気に召さなかったら、すぐ元に戻しますので、怒らないでくださいね」
なんとか平常心を保ち、作法どおりに食後のお茶をたしなんだあと。
わたしとクリストフは、連れ立ってお屋敷の廊下を歩いていた。
うしろからは、侍女のエミリが気配を消してついてきている。
「怒ることはないが……。そういえば、さっきから思っていたのだが、なんとなく屋敷の雰囲気が前と違うな。気のせいか?」
きょろきょろとまわりを見回すクリストフ。
わたしは隣で、背の高い彼を見上げた。身長差がすごいので、並んで歩いていると彼のあごの下側が見える。
「カーテンや壁紙が古くなっていたので、交換しましたの。クリストフさまのご趣味とは違うかしら」
「いや、違和感はない。明るい雰囲気になったな。もしかして食堂も内装を変えたのか?」
「はい、わかりましたか?」
「いつもより居心地のいいかんじがした。久しぶりにミルドレッドと会えたからかと思っていたが、そうか、模様替えをしたのか」
え……?
今、わたしと久しぶりに会えたから――って言わなかった!?
驚きのあまり、口をぽかんと開けて立ち止まってしまう。
立ちつくすわたしを振り返ったクリストフが、「どうした?」と言いながら大きな手を差し出してきた。
反射的にその手をギュッとつかむ。
「あ」
失敗した。
レディーらしく、彼の手のひらにそっと手を置くんだった。これじゃ、保護者に手をつないでもらっている子どもみたい。
一度つないだ手を離すのも感じが悪いかと思って、彼に手を引かれるまま二階への階段を昇る。
二階の奥の一室が、クリストフのお母さまの部屋だ。
わたしが一番、彼に見せたかったもの。一番、彼の反応が怖かったものだ。
「ここは、母の部屋だな」
クリストフがドアを開けるのを、わたしは緊張して見守った。
「はい。埃よけの布がかかったままになっていたので、お掃除して家具も整えさせていただきました」
昔のままの形に戻した部屋を彼はどう感じるだろう。
気に入ってくれるかしら。逆に、お母さまを失った悲しみがよみがえって、傷ついたりしないかな。
クリストフはとくに躊躇することもなく、すたすたと部屋に入っていく。
わたしも彼のうしろから続いた。
「これは……」
背後に控えていた侍女のエミリに目線を送って、部屋の明かりをともしてもらう。エミリは暖炉にも火を入れた。
小さくパチパチと薪のはじける音がしはじめる。
お義母さまの部屋はふわっと明るくなった。
あたたかい光に照らされて、昔流行った小花柄の壁紙やカーテン、女性らしい優雅な猫足の家具が浮かび上がる。
そんなかわいらしい部屋の真ん中で、クリストフはじっとたたずんでいた。
「懐かしいな、母がいたころのままだ」
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