16 / 45
離縁の危機 ①
しおりを挟む「あの、クリストフさま。もしお気に召さなかったら、すぐ元に戻しますので、怒らないでくださいね」
なんとか平常心を保ち、作法どおりに食後のお茶をたしなんだあと。
わたしとクリストフは、連れ立ってお屋敷の廊下を歩いていた。
うしろからは、侍女のエミリが気配を消してついてきている。
「怒ることはないが……。そういえば、さっきから思っていたのだが、なんとなく屋敷の雰囲気が前と違うな。気のせいか?」
きょろきょろとまわりを見回すクリストフ。
わたしは隣で、背の高い彼を見上げた。身長差がすごいので、並んで歩いていると彼のあごの下側が見える。
「カーテンや壁紙が古くなっていたので、交換しましたの。クリストフさまのご趣味とは違うかしら」
「いや、違和感はない。明るい雰囲気になったな。もしかして食堂も内装を変えたのか?」
「はい、わかりましたか?」
「いつもより居心地のいいかんじがした。久しぶりにミルドレッドと会えたからかと思っていたが、そうか、模様替えをしたのか」
え……?
今、わたしと久しぶりに会えたから――って言わなかった!?
驚きのあまり、口をぽかんと開けて立ち止まってしまう。
立ちつくすわたしを振り返ったクリストフが、「どうした?」と言いながら大きな手を差し出してきた。
反射的にその手をギュッとつかむ。
「あ」
失敗した。
レディーらしく、彼の手のひらにそっと手を置くんだった。これじゃ、保護者に手をつないでもらっている子どもみたい。
一度つないだ手を離すのも感じが悪いかと思って、彼に手を引かれるまま二階への階段を昇る。
二階の奥の一室が、クリストフのお母さまの部屋だ。
わたしが一番、彼に見せたかったもの。一番、彼の反応が怖かったものだ。
「ここは、母の部屋だな」
クリストフがドアを開けるのを、わたしは緊張して見守った。
「はい。埃よけの布がかかったままになっていたので、お掃除して家具も整えさせていただきました」
昔のままの形に戻した部屋を彼はどう感じるだろう。
気に入ってくれるかしら。逆に、お母さまを失った悲しみがよみがえって、傷ついたりしないかな。
クリストフはとくに躊躇することもなく、すたすたと部屋に入っていく。
わたしも彼のうしろから続いた。
「これは……」
背後に控えていた侍女のエミリに目線を送って、部屋の明かりをともしてもらう。エミリは暖炉にも火を入れた。
小さくパチパチと薪のはじける音がしはじめる。
お義母さまの部屋はふわっと明るくなった。
あたたかい光に照らされて、昔流行った小花柄の壁紙やカーテン、女性らしい優雅な猫足の家具が浮かび上がる。
そんなかわいらしい部屋の真ん中で、クリストフはじっとたたずんでいた。
「懐かしいな、母がいたころのままだ」
10
お気に入りに追加
571
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】恨んではいませんけど、助ける義理もありませんので
白草まる
恋愛
ユーディトはヒュベルトゥスに負い目があるため、最低限の扱いを受けようとも文句が言えない。
婚約しているのに満たされない関係であり、幸せな未来が待っているとは思えない関係。
我慢を続けたユーディトだが、ある日、ヒュベルトゥスが他の女性と親密そうな場面に出くわしてしまい、しかもその場でヒュベルトゥスから婚約破棄されてしまう。
詳しい事情を知らない人たちにとってはユーディトの親に非がある婚約破棄のため、悪者扱いされるのはユーディトのほうだった。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる