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留守宅の新妻 ③
しおりを挟むわたしはそれから、少しずつ屋敷の改装の計画を立てた。
執事や侍女たちと相談して、玄関ホールや食堂、サロンなど、目につく場所を優先して模様替えをしていく。
半月ほど内装業者が出入りして、古い壁紙や重苦しい色合いのカーテンを若々しい明るいものに変えていった。
倉庫にしまい込まれていた先代の奥さまの愛用していた家具も綺麗に磨いて使えるものは使い、わたし好みのソファーやクッションも新調する。
亡くなった前伯爵夫人、クリストフのお母さまの部屋も、メイドたちの話を聞きながら生前のままに再現した。
エミリが遠くを見ながら、柔らかく微笑んだ。
「大奥さまがいらしたころのようですわ」
開け放った窓から、からっとした風が吹き込んでくる。優しい色味の壁紙に、かわいらしい花瓶に活けた花がよく映えている。
「やっぱり女主人がいてくださると、お屋敷の雰囲気が明るくなりますわね」
エミリをはじめ、使用人たちも協力的だった。
みんながあまりに喜ぶので、ちょっとだけ念押ししておく。
「もしクリストフさまのお好みに合わなかったら、元に戻します。皆さん、そのつもりでいてくださいね」
「大丈夫ですわ、奥さま。旦那さまは、屋敷のことにはほとんどご興味がないようですから」
「そうね、妻の髪型の変化に気がつかない殿方も多いと姉から聞きました。髪型に気づかないくらいなら、壁紙やカーテンなんてもっと関心が持てないわよね」
侍女たちがくすくすと笑う。
年上で既婚者の侍女が多いので、思い当たる節があるのかもしれない。
「でも、細かい変化には気づかなくても、クリストフさまがなんとなくくつろいでくださったら、それでいいの」
大好きな人のための〝家庭〟を作るのは、とても楽しい。
わたしがうきうきとしていたら、なぜか侍女たちがハンカチで目もとをぬぐった。
エミリも目に涙を浮かべている。
「奥さまがこのお屋敷に来てくださって、本当によかったです」
「まあ、ありがとう」
「旦那さまは武骨に見えますが、心根はお優しい方なのです。どうぞこれからも旦那さまをよろしくお願いいたします」
「もちろんよ。クリストフさまを想う気持ちなら、だれにも負けないんだから!」
拳をぐって握って、決意を新たにする。貴婦人らしい仕草ではないけれど、身内しかいない場だからいいわよね。
「じゃあ、次は食事の改善について打ち合わせをしましょうか」
「お食事ですか?」
「ええ。わたくし、勉強したのです。クリストフさまはお肉ばかり召し上がるけど、健康のためには野菜や果物も必要なのですって」
「旦那さまは、野菜がお好きではないようですが……」
「でも、騎士という体を使うお仕事なのだもの、万が一にも体調を崩してほしくないの。具合のよくない状態で、激しい訓練などをされておけがをしないかと心配だし」
「奥さまは、旦那さまを心から愛していらっしゃるのですね」
「うふふ」
それは事実だけど、熱血しすぎてしまったかしら。
ちょっと恥ずかしくて照れ笑いをすると、涙をふいた侍女たちが口々にお礼を言いはじめて、余計恥ずかしくなってしまった。
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