白い結婚なんてお断りですわ! DT騎士団長様の秘密の執愛

月夜野繭

文字の大きさ
上 下
10 / 45

留守宅の新妻 ①

しおりを挟む


 クリストフと最初に出会ったのは十年前、わたしが八歳のときだ。
 
 わたしの曽祖父が当時の国王の弟で、臣に下るのと引き換えに公爵の爵位を賜わった。今は王族ではないものの、公爵家として王家とかかわることも多い。
 ふだんはそれほど王族の近縁であるという立場を意識していなかったけれど、国を挙げての行事があったりするとわたしの身のまわりの警護も厳しくなる。

 その日は第二王子の誕生を祝うパーティーが開催され、わたしもエリクソン公爵家の一員としてお呼ばれしたのだった。

 わたしは当然ずっと両親や護衛の騎士と一緒にいたのだけれど、魔の時間とでもいうのだろうか。ほんの少しの間、たったひとりになってしまった。
 そこを反体制派の貴族に狙われてしまったのだ。わたしは大広間の外に連れ出され、誘拐されそうになった。

 それを助けてくれたのが、クリストフだった。
 クリストフは二十歳、まだ騎士団長ではなく近衛騎士のひとり。大広間の警備をしていたその若き騎士が、わたしの危機に気がつき、さっそうと駆けつけて命を救ってくれたのだ。

 彼は体も大きいし、とても険しい顔をしていたけれど、全然怖くなかった。
 幼いわたしの前にひざをつき、目線を合わせてくれたクリストフは、優しい緑色の瞳をしていた。

『お嬢さん、怖かっただろう。あとは俺がきみを守る。もう大丈夫だ』

 眉間にしわを刻んだまま、いかにも慣れていない笑顔を作ろうとして強張った表情の騎士。

 わたしはその瞬間に恋をした。まだ子どもだったけれど、この人しかいないと思った。
 もちろん、初めての恋だった。

 それから九年間。年ごろになったわたしのもとには、婚約の話がいくつも舞い込んできていた。
 それらをなんとか理由をつけて断って、クリストフ・ラーシェンの情報を集め、ついに婚約を受けてもらえたのが一年前。

 わたしは舞い上がってしまって、年の離れた娘との政略結婚を押しつけられた彼の気持ちなんて考えもしなかった。

 思えば婚約中もそうだし、結婚式の当日ですら、彼はわたしに興味がなさそうだった。浮かれているのはわたしだけで、クリストフはまるで職務であるかのように淡々と儀式をこなしていく。

 そして、初夜。
 ドキドキしながら支度をすませて寝室に入ってきたわたしをちらりと見た彼は、必要最低限のあいさつだけしてさっさと眠ってしまった。それからひと月経っても、わたしたちの間にはなにもない。

(クリストフさまは今、どのあたりにいらっしゃるのかしら)

 眠っているわたしを置いて、クリストフはまだ夜も明けないころに登城したようだ。
 昨日彼が言っていた長期の地方視察の仕事で、出発前の準備もたくさんあるだろうから早めに出かけたのだろう。

 大きなベッドのすみっこで目が覚めて、ぼんやりと、ひとりであることを自覚する。
 夫婦らしい行為はしていなくても、彼が横で寝ている気配はもう身に染みている。やけにベッドが広く感じてさびしくなった。

 しばらくして軽いノックの音が聞こえ、寝室にそっと入ってきた侍女がカーテンを開けながらあいさつをしてきた。

「奥さま、おはようございます」
「おはよう、エミリ」

 まぶしい光があたりに満ちる。さわやかな初夏の風が窓から流れてきた。
 わたしは起き上がって、大きく背伸びをした。

「んーっ。それでも朝は来る! 落ち込んでいてもしょうがないわよね。がんばろうっと」

 気合いを入れるためのひとり言だったのだが、穏やかな声の返事が返ってきた。

「おさびしいでしょうけれど、わたくしたちもおりますから、いつでも頼ってくださいね」
「え?」

 母親くらいの年齢の侍女が、微笑みながらこちらを見守っている。
 彼女、エミリはいつもわたしのそばについていて、身のまわりの用事をこなす侍女のひとりだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

一番でなくとも

Rj
恋愛
婚約者が恋に落ちたのは親友だった。一番大切な存在になれない私。それでも私は幸せになる。 全九話。

処理中です...