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政略結婚は言い訳です ①
しおりを挟むラーシェン伯爵邸は王都の中心街にある。
わたしの実家、エリクソン公爵邸に負けないくらい豪壮な構えの邸宅だ。
身分は公爵家のほうが上だけれど、ラーシェン伯爵家も古くから続く名門で、王家の信頼の厚い一族なのだ。
立派な石造りの門から入ると、広い芝生の前庭と長いアプローチがある。その先に大鷲が翼を広げたような、大きな屋敷が建っている。
屋敷は広すぎて、わたしはまだ全部を見てまわれていない。
クリストフは焦らなくていいと言ってくれたけれど、伯爵夫人になった身としては、そろそろ家のことを把握するようにしなければと思っていた。
そう、今やわたしはこの屋敷の女主人なのだ。
数年前、先代のラーシェン伯爵夫妻――クリストフの両親が相次いで病気で亡くなり、クリストフは二十代半ばで伯爵位を継いだ。ひとり息子でほかに兄弟はおらず、クリストフには後継者を作る義務があった。
そういう状況ではあったが、二十代のころは新たな伯爵としての役割や近衛騎士の仕事に忙殺されて、なかなか婚約者を見つくろうことができなかったようだ。
でも、三十歳を前に、とうとうクリストフも真剣に結婚を考えなければならなくなった。
そこにわたしがつけ込んだのが、この政略結婚のなりゆきだ。
「はぁ……」
夕食の席で、わたしは思わず大きなため息をついてしまった。
正面に座るクリストフが一瞬目を上げ、ばっちり視線が合う。
軽く首をかしげると、すぐに目をそらされた。日に焼けた彼の頬が、なぜか少し赤い。
(どうしたんだろう。熱でもあるのかしら)
昨夜ふいっと出ていってしまったあと、このまま彼が帰ってこなかったらどうしようとずっと悩んでいた。
でも彼は、夕方には騎士服を着た凛々しい姿で帰宅した。わたしが気づかない間に、着替えに戻っていたらしい。
いつも帰宅が遅いので、わたしたちは久しぶりに夕食をともにすることになり、今に至るというわけだ。
「あー、その、ミルドレッド。具合はどうだ?」
「は、はい、なんともありません。クリストフさまはお加減がよろしくないのでしょうか」
「ん?」
「お顔が少し赤らんでいるようですが」
「いや、大丈夫だ。俺は至極壮健だ」
クリストフが黙り込んでしまうと、広い食堂にナイフとフォークの音だけが小さく響く。
そして、彼は唐突にまた話しはじめた。
「昨夜は、熱くなりすぎて申し訳なかった」
「えっ」
突然、閨事の話?
朝から思い出さないようにしていた記憶が、一気によみがえった。
昨日は姉にもらった媚薬を少し飲んでしまったけれど、薬の副作用で記憶が飛ぶようなことはなかった。
そうなのだ。なにがあったのか、わたしはちゃんと覚えている。いっそ忘れてしまえたらよかったのだけど。
(は、恥ずかしすぎる~)
昨夜、わたしは媚薬の効果で体が熱くなって、自分からクリストフに抱いてほしいと迫ってしまったのだ。
そのあと口づけをして、彼に胸を舐められて、硬いものが足の間にあたって……うん、初夜失敗。
途中までは勢いで行けると思っていたのに、破瓜があんなに大変だなんて思わなかった。
「うぅぅ」
恥ずかしさが落ち込みに変わって、わたしはがっくりとうつむいた。
「あの、わたくしのほうこそ、あんなことをしてしまって……」
クリストフの熱い体を生々しく思い出す。
彼も反応してくれてはいたけれど、男性は刺激すれば勝手に機能するようになるそうだ。わたしだから欲情したわけではないのだろう。
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