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旦那さま、お覚悟ください ③
しおりを挟むわたしは一年前、子どものころから憧れていた騎士さまと婚約した。
エリクソン家とラーシェン家をつなぐための政略結婚という名目もあり、両親に頼んで無理やりクリストフに婚約してもらったのだ。
それから時が経ち、ひと月前、うきうきと浮かれた気持ちのまま豪華な結婚式を挙げ、ラーシェンの屋敷に嫁いできた。
うん、押しかけ女房のようなものよね。
(でも、今夜も撃沈だわ)
やっぱり権力を使って強引に結婚したのは、よくなかったのかもしれない。
結婚式から一か月。
なんということか、わたしたちは一度も閨をともにしていない。いや、毎晩一緒に寝てはいるのだけれど、夫が一向に手を出してこない。
つまり冗談のようだけど、わたしはまだ処女なのだ。
(こんなこと、だれも信じないでしょうね)
クリストフは三十歳の大台に乗ったとはいえ、まだまだ枯れる年ではないはずだ。先に結婚した年長の友人たちの話によると、三十代はむしろ男盛りらしい。
鍛えられた体は頼もしく、見た目だって若々しく精悍でかっこいいし、真っ赤な髪はつやつやとしている。緑色の瞳は鷹のように鋭く、夏の森のように美しい。
わたしはふたたび、両のこぶしをぎゅうっと握った。
(それなのに、どうして抱いてくれないの!?)
横になった夫の広い背中を見つめる。
――もしかしたらクリストフは、子どもっぽいわたしになんか欲情しないのかもしれない。
なにも起こらなかった初夜以来、ひと月悶々と悩んで、わたしはようやくその可能性に思い至った。
そして、決意した。
このままではらちが明かない。
せっかく初恋の人と結婚できたのだから、甘々な新婚生活を目指すのだ。
「もう、これしかないわね」
ベッド脇のサイドテーブルの引き出しから、あるものを取り出す。
明るさを絞ったランプの灯に、手の中の小さな瓶があやしくきらめいた。
忍び足でベッドの反対側に回り込み、クリストフの枕もとの水差しに小瓶の中身を注ぐ。
透明な液体は、なんの違和感もなく水と混ざり合った。
「――どうした?」
「ひゃっ!?」
突然クリストフの声がして、わたしはその場で飛び上がった。
おずおずと視線を向けると、彼は今まで寝ていたとは思えないほど、はっきりと覚醒した目でこちらを凝視している。
「あのっ、なんでもありません!」
「そうか? 水差しにさわっていたようだが」
「はい! のどが渇いちゃったなーなんて。わたくしの水差しは空になってしまって。ちょっとだけクリストフさまのお水をいただこうかと、ほほほ」
慌ててコップに水差しの水を入れて、ぐっと飲み干す。少し舌に刺激はあるけど、水とそんなに変わらない。
「起こしてしまってごめんなさい。では、わたくし、戻りますわ」
「待て」
素早く起き上がったクリストフに、腕を軽くつかまれる。騎士の体術のたぐいなのか、それだけでわたしは身動きが取れなくなってしまった。
そして、整った男らしい顔にじっとのぞき込まれる。
頬がかぁっと熱くなった。
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