老化モノ短編集

BOX0987

文字の大きさ
上 下
15 / 15
『理科室の異次元』より

追憶

しおりを挟む
片付けの最中、声らしきものが聞こえた。

「あら?生きてたの」
今しがた交換を終えた「ドナー」の声だったようだ。
若さを吸われた時に発生する老衰で、大体は処理できるんだが…
この子はたまにいる、しぶといタイプだ。

この子からは「歯」を貰ったんだった。
急激な老いに加えて、歯を失ったことでうまく発声できないらしい。
それでも、フガフガと何か訴えている。
少し悪戯してやりたい気持ちになり、鏡を見せてやった。
背後からは絶望したような啜り泣きがしばらく聞こえていたが、やがて聞こえなくなった。


50歳の秋。
図書室の隅に積み込まれていた本の山。
その中に「あの本」があった。
この世ならざる「生物」の図解。
正気とは思えない「秘術」の手順。
そして、その中に見つけた「天啓」。

「他人から若さを奪い取る方法」
「他人と人体のパーツを交換する方法」

自分の顔が嫌いだった。
取り替えが効くなら、取り替えたい。
できるものならば…


最初の「ドナー」は受け持ったクラスの問題児だった。
無駄に整った、綺麗な顔から目を頂戴した。
その後もいじめっ子、不良、態度の悪い実習生…
使える「ドナー」はいくらでも現れた。


一年経つ頃には、私は見違えるような美人になっていた。
年も30歳くらいにしか見えない。
街で声をかけられることも増え、元の顔では得られなかった経験もした。

ただ、一つ問題があった。
「若さ」の維持だ。
吸い取った「若さ」は、3ヶ月くらいで消費してしまう。
だが対策は簡単だ。
干からびるまで奪って、ストックすればいい。
「ドナー」はいくらでも転がっている。


「吸い殻」の処理を終え、学校を出た。
信号待ちの間に鏡を眺める。
綺麗な髪。
美しい顔。
しなやかな手足。
ようやく満足のいくものになった。
これから本当の人生が始まるんだ。

信号が変わり、道を渡り始めた直後。
すぐ近くで大きなブレーキの音が聞こえた。


「患者さんが目覚めました!」
「頭を打っているので、まだ動かないでください」
気がつくと病院で治療を受けていた。
信号を渡ろうとした時、不注意な車が突っ込んできたそうだ。
私はその車に轢かれたらしい。

「意識ははっきりしていますし、命に別状はありません」
「今は絶対安静ですが、傷も残りませんよ」
良かった。
この綺麗な顔に傷がついたら大変だ。
名前も、過去も、きちんと思い出せる。
こんな事故で門出を邪魔されてたまるものか。

…いや、おかしい。
思い出せない。
あの秘術の方法が。
数えきれないほどの回数をこなして、
完全にマスターした二つの秘術。
それなのに、どんなに深く考えても頭に浮かんでこない。

ベッド脇に置かれていたバッグから、急いで本を取り出した。
本は血と泥で汚れ、ページもぐちゃぐちゃになっていた。

「せ、先生…」
「私、大事なことが思い出せないんです」
「命より大事なことなんです…どうか」
「先生、なんとかしてください、助けてください…」

涙を浮かべ縋り付く私に、医師は優しく諭す。

「落ち着いて。記憶がない時、無理に思い出そうとすると逆効果なんです」
「ゆっくり思い出していきましょう」
「若いあなたにはたっぷり時間がありますから…」


1年後━
ナースセンターでは、休憩中の看護師たちが雑談している。


「211号室の患者さん。気の毒よね…」
「うん、あんな美人だったのにどんどん老け込んじゃって…」
「そうそう、髪の毛なんてもう真っ白になって…」
「老化の原因、分からないんでしょ?」
「うん。でもね、あの人実年齢は相当いってるみたい」
「うそ、28くらいだと思ってた」
「だよねー」



あの日の帰り道。
新しい人生が始まるような、とても清々しい気持ちだった。
だが、それも過去の話。

真っ白になった自慢の髪を眺め、
日に日に深くなっていくシワをなぞる。
潤った肌は干からびて、重力に負け垂れ下がっていく。

綺麗な顔が老いさらばえ、醜くなっていく様を、
毎日いやというほど見せつけられた。
これが私への罰なのだろうか?

いまだに失った記憶は戻らない。
おそらくは、これからもずっと…

最近は、一日中外を眺めて過ごしている。
美を極めた、あの「一瞬」の私。
その幻影を、青空に写しながら。


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...