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栄華
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最近は鏡を見るのも憂鬱だ。
20代の頃、「美人エステティシャン」と
もてはやされた私も、今年で68になる。
自分の店を持ち、施術を行う者として
今もアンチエイジングには人一倍気を遣っている。
実際68にしては若々しい方だと思うが、
これ以上はもうどうにもならないという実感があった。
なんとかして若返ることはできないだろうか…
近頃はそればかり考えている。
今日の営業が終わり、店を閉めた私は見覚えのない古書店を発見した。
なんとなく心惹かれ、店に入った私は一冊の本を手に取る。
パラパラとめくっていたその時、
ある記述が私の心を強烈に引きつけた。
「…若返りの秘術…」
私はその本を購入し、急いで帰宅した。
帰宅した私は、夕食もとらずにその項目を読み耽った。
秘術に用意するもの、手順、効果…
全くもって荒唐無稽な内容だったが、
打つ手無しの私はそんな「藁」にも縋りたかった。
準備するものの大半は、意外とすぐ手に入りそうだ。
しかし、いくつかの問題があった。
「若者」
この秘術は正確に言うと、2者の間で若さを移し替えるものだ。
つまり、私に若さを与える生贄が要る。
それと、記述の一部が隠れて読みにくいことだ。
後で書かれたものだろうが、
震えた文字が本文の一部にかかっており、その部分が非常に読みづらい。
なんとか解読を試みたが、結局一部は解読出来なかった。
そんな状況ではあるが、私は目の前に吊るされた「若返り」を諦めきれなかった。
なんとか、手持ちの情報で進めていけばいい。
きっとどうにでもなるはずだ。
「え、ワタシで良いんですか?」
「そう、どうしてもあなたに頼みたいの」
生贄にはアテがあった。
私のエステで働いている、エリだ。
彼女は24歳から6年も働いてくれているベテランの従業員だ。
私のことを「先生」と呼び慕ってくれて、今では師弟のような関係になっている。
この子には、エステで開始予定の新サービスを試しに受けてみて、と説明している。
「先生の新サービスを試させてもらえるなんて、すごく嬉しいです!」
「あなたはとても熱心だし、よく気がつくからね。ぜひ感想を聞かせてほしいの」
そんな会話をしながら、エリを個室へ案内する。
エリにドリンクを渡し、彼女が飲み終えた所で施術を開始した。
「あー、先生、気持ちいいです」
「良かった。リラックスしてね」
会話しているうちに、エリは寝てしまった。
「…薬入れすぎたかしら。思ってたより早かったわね」
少し体をゆすって、目覚めないか確認する。
相当深く眠り込んでいるようで、起きる気配はない。
私は急いで準備をし、秘術を執り行った。
効果はすぐに現れた。
カサついていた手に潤いが戻ってくる。
なんとか化粧で隠していたシワやシミも、
まるで波が引くように消えていった。
代わりに、エリの体はどんどんと老いていく。
若々しい肌にはいくつものシワが刻まれ、整った顔とスタイルにはたるみが見られるようになった。
美しい髪には白髪が1本、2本と増え、
3分も経たぬうちに真っ白になってしまった。
変化の終息を見計らい、私は鏡を見た。
「な…何これ…」
そこにいたのは、まさしく若かりし頃の自分自身だった。
体のどこにもシワやシミはなく、どれだけ髪をといても白髪一つ見つからない。
何十年振りだろうか、歓喜のあまり涙を流したのは。
しばらく喜びを噛み締めた後、私はエリの個室を訪れた。
老婆になったエリは、まだ眠っていた。
「…エリちゃん、ごめんね。」
エリの白くなった髪を撫で、店を出た。
それから私は、取り戻した若さを一日中堪能した。
年齢を理由に避けていたかわいらしい服を買い、
いつのまにか体が受け付けなくなっていたスイーツに舌鼓を打った。
そして今は、バーに来ている。
隣にいる若者は、歩いていた私に声をかけてきた男だ。
そういえば、若い頃は仕事ばっかりで男とも遊んでいなかった。
これからは、美を追求しながらやってこなかったことも楽しもう…
そう考えていた時、ふと目眩がした。
なんだか胸のあたりが苦しい。
まだ時間は早いが、帰宅することにした。
電車に乗っている間も、体調不良は治まらなかった。
それどころか、立とうとした時に膝がひどく痛む。
何かがおかしい。私は壁を支えにしながら、なんとか自宅に戻った。
上着を脱ぎ、一度横になったが、吐き気が治らない。
水を飲もうとした時、鏡を見た私は思わずコップを落としてしまった。
「どうして…か…髪が」
前髪の辺りが真っ白になっている。
いや、前髪だけではない。急速に白髪が増えていく。
秘術に成功したのに、なぜ、何が起こってるのか?
混乱しながらも、バッグを取り本を開く。
必死に探し当てたページに汗が滴り落ち、
上から書き足されていた文字が少し消えた。
そこに書かれている、未解読の記述を見た私は立っていることができなくなった。
「…この秘術は、一度に行ってはならない。…」
私は最重要な項目を見落としてしまったのだ。
人は老化はしても、若返ることはない。
この秘術は物事の摂理を捻じ曲げるものだと…。
捻じ曲げれば当然に反動があると…。
生まれた歪みが大きいほど、反動は大きくなると…。
「い…いやだ…」
「若くありたい…まだ何も出来てない…」
そう言っている間にも、鏡に映る自分は容赦なく老いていった。
美しくセットした髪はもう真っ白になってしまった。
一度はなくなったシワとシミが、今は全身を覆っている。
思考もできなくなってきた。
自分が何をしていたのか思い出せない…
…やがて、眠気が襲ってきた。
私は目を閉じて、意識が途切れるのを待った。
目が覚めた時は本当に驚いた。
先生はいなくなっているし、外は真っ暗だし。
「こんな夜まで寝てたなんて…先生も起こしてくれれば良いのに」
そう言いながら、施術の効果を見ようと鏡を手に取った。
「な…何これ…」
「何この肌のハリと艶!大学生の頃みたい!髪の毛もなんか綺麗になった気がする!」
「体も軽いし、やっぱり先生はすごいなあ」
先生に早くこの結果を伝えなくちゃ…と思ったが、
いくら電話を掛けても先生は出なかった。
「出ないな…。まあ、明日伝えれば良いか」
店の片付けをし、私服に着替えたワタシは、軽い足取りで家路に着いた。
完
20代の頃、「美人エステティシャン」と
もてはやされた私も、今年で68になる。
自分の店を持ち、施術を行う者として
今もアンチエイジングには人一倍気を遣っている。
実際68にしては若々しい方だと思うが、
これ以上はもうどうにもならないという実感があった。
なんとかして若返ることはできないだろうか…
近頃はそればかり考えている。
今日の営業が終わり、店を閉めた私は見覚えのない古書店を発見した。
なんとなく心惹かれ、店に入った私は一冊の本を手に取る。
パラパラとめくっていたその時、
ある記述が私の心を強烈に引きつけた。
「…若返りの秘術…」
私はその本を購入し、急いで帰宅した。
帰宅した私は、夕食もとらずにその項目を読み耽った。
秘術に用意するもの、手順、効果…
全くもって荒唐無稽な内容だったが、
打つ手無しの私はそんな「藁」にも縋りたかった。
準備するものの大半は、意外とすぐ手に入りそうだ。
しかし、いくつかの問題があった。
「若者」
この秘術は正確に言うと、2者の間で若さを移し替えるものだ。
つまり、私に若さを与える生贄が要る。
それと、記述の一部が隠れて読みにくいことだ。
後で書かれたものだろうが、
震えた文字が本文の一部にかかっており、その部分が非常に読みづらい。
なんとか解読を試みたが、結局一部は解読出来なかった。
そんな状況ではあるが、私は目の前に吊るされた「若返り」を諦めきれなかった。
なんとか、手持ちの情報で進めていけばいい。
きっとどうにでもなるはずだ。
「え、ワタシで良いんですか?」
「そう、どうしてもあなたに頼みたいの」
生贄にはアテがあった。
私のエステで働いている、エリだ。
彼女は24歳から6年も働いてくれているベテランの従業員だ。
私のことを「先生」と呼び慕ってくれて、今では師弟のような関係になっている。
この子には、エステで開始予定の新サービスを試しに受けてみて、と説明している。
「先生の新サービスを試させてもらえるなんて、すごく嬉しいです!」
「あなたはとても熱心だし、よく気がつくからね。ぜひ感想を聞かせてほしいの」
そんな会話をしながら、エリを個室へ案内する。
エリにドリンクを渡し、彼女が飲み終えた所で施術を開始した。
「あー、先生、気持ちいいです」
「良かった。リラックスしてね」
会話しているうちに、エリは寝てしまった。
「…薬入れすぎたかしら。思ってたより早かったわね」
少し体をゆすって、目覚めないか確認する。
相当深く眠り込んでいるようで、起きる気配はない。
私は急いで準備をし、秘術を執り行った。
効果はすぐに現れた。
カサついていた手に潤いが戻ってくる。
なんとか化粧で隠していたシワやシミも、
まるで波が引くように消えていった。
代わりに、エリの体はどんどんと老いていく。
若々しい肌にはいくつものシワが刻まれ、整った顔とスタイルにはたるみが見られるようになった。
美しい髪には白髪が1本、2本と増え、
3分も経たぬうちに真っ白になってしまった。
変化の終息を見計らい、私は鏡を見た。
「な…何これ…」
そこにいたのは、まさしく若かりし頃の自分自身だった。
体のどこにもシワやシミはなく、どれだけ髪をといても白髪一つ見つからない。
何十年振りだろうか、歓喜のあまり涙を流したのは。
しばらく喜びを噛み締めた後、私はエリの個室を訪れた。
老婆になったエリは、まだ眠っていた。
「…エリちゃん、ごめんね。」
エリの白くなった髪を撫で、店を出た。
それから私は、取り戻した若さを一日中堪能した。
年齢を理由に避けていたかわいらしい服を買い、
いつのまにか体が受け付けなくなっていたスイーツに舌鼓を打った。
そして今は、バーに来ている。
隣にいる若者は、歩いていた私に声をかけてきた男だ。
そういえば、若い頃は仕事ばっかりで男とも遊んでいなかった。
これからは、美を追求しながらやってこなかったことも楽しもう…
そう考えていた時、ふと目眩がした。
なんだか胸のあたりが苦しい。
まだ時間は早いが、帰宅することにした。
電車に乗っている間も、体調不良は治まらなかった。
それどころか、立とうとした時に膝がひどく痛む。
何かがおかしい。私は壁を支えにしながら、なんとか自宅に戻った。
上着を脱ぎ、一度横になったが、吐き気が治らない。
水を飲もうとした時、鏡を見た私は思わずコップを落としてしまった。
「どうして…か…髪が」
前髪の辺りが真っ白になっている。
いや、前髪だけではない。急速に白髪が増えていく。
秘術に成功したのに、なぜ、何が起こってるのか?
混乱しながらも、バッグを取り本を開く。
必死に探し当てたページに汗が滴り落ち、
上から書き足されていた文字が少し消えた。
そこに書かれている、未解読の記述を見た私は立っていることができなくなった。
「…この秘術は、一度に行ってはならない。…」
私は最重要な項目を見落としてしまったのだ。
人は老化はしても、若返ることはない。
この秘術は物事の摂理を捻じ曲げるものだと…。
捻じ曲げれば当然に反動があると…。
生まれた歪みが大きいほど、反動は大きくなると…。
「い…いやだ…」
「若くありたい…まだ何も出来てない…」
そう言っている間にも、鏡に映る自分は容赦なく老いていった。
美しくセットした髪はもう真っ白になってしまった。
一度はなくなったシワとシミが、今は全身を覆っている。
思考もできなくなってきた。
自分が何をしていたのか思い出せない…
…やがて、眠気が襲ってきた。
私は目を閉じて、意識が途切れるのを待った。
目が覚めた時は本当に驚いた。
先生はいなくなっているし、外は真っ暗だし。
「こんな夜まで寝てたなんて…先生も起こしてくれれば良いのに」
そう言いながら、施術の効果を見ようと鏡を手に取った。
「な…何これ…」
「何この肌のハリと艶!大学生の頃みたい!髪の毛もなんか綺麗になった気がする!」
「体も軽いし、やっぱり先生はすごいなあ」
先生に早くこの結果を伝えなくちゃ…と思ったが、
いくら電話を掛けても先生は出なかった。
「出ないな…。まあ、明日伝えれば良いか」
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