老化モノ短編集

BOX0987

文字の大きさ

大中小

5 / 15

エイジングウィーク

しおりを挟む

不意にアラームの音が聞こえた。
音を頼りにスマホを手に取り、アラームを止める。
もう少し寝ていたいが、お母さんの声も聞こえてきた。

女子高生の朝は早い。
特に、これから一週間は…

「おはよう、アサミ」

「おはよう」

「今日からアレでしょ、早く準備しちゃいなさい」

「うん」

アレ、というのが「エイジングウィーク」だ。
高齢者への理解促進とか、そういうキャンペーン。
年二回、一週間ずつ行われている。

エイジングウィークの期間中、全国の中学・高校では一斉に老人体験が行われる。
誰が言い出したのか、この期間は老人メイクで登校しないといけない。

私は手早く朝食を済ませ、洗面所に向かった。
顔を洗い、歯を磨いたら老人メイクの始まりだ。

私はスプレーを手に取り、顔に吹き付けた。
これは「オールドメイカー」と言って、化粧の下地になる。
吹き付けてから10秒も経つと成分が硬化し、
自然かつリアルなシワとたるみを作る。

下地ができたのを確認し、メイクをしていく。
まだ老人メイクの洗礼を受けたばかりの子は、シワを恥ずかしがって厚化粧にしてしまいがちだ。
それで、校則に引っかかる。
もしくはメイクが崩れて悲惨なことになる。

でも私は17歳、高校2年ともなるとそんな愚は犯さない。
薄めのメイクで小さなシワをカバーしつつ、大きなシワを活かす…
そうやって適度に年齢感を出すのが結局一番綺麗に仕上がる。
美容系配信者も取り上げるテクニックだ。

納得いく仕上がりになったので、次は髪を整える。
髪をとかし、ある程度セットした所でホワイトを入れていく。
今のトレンドはホワイト少なめの仕上げ方だ。
でも、私はグレイヘアが好きなので、白髪と地毛の割合が大体8:2になるようにスプレーで色を付けていく。
余計な所に色が付かないようにスプレーをかけ、
全体のバランスをみる。
今のでも悪くないが、前髪の一房を完全に白くしてみるのもカッコ良さそうだ。
そういう修正をペンタイプのヘアカラーでやって、綺麗にセットしたらおばあちゃん顔の完成だ。
あとは首や手とか、見える所にオールドメイカーを吹き付けておしまい。

一旦部屋に戻り、制服に着替えた。
家を出る前に水を飲もうと、キッチンに向かう。

「あら、綺麗に仕上がってるじゃない」
「あなたやっぱりうまいわ」

お母さんが褒めてくれた。
それから一言二言話して、家を出た。

バス停で待っていると、一人のおばあちゃんが走ってきた。

「アサミー、おはよう」
「おはよう、ミホ」

ミホもしっかりメイクしてきたようだ。

ミホやクラスメイトのメイクを見ていて思うが、老人メイクはかなり個性が出る。

老人メイクは普通のメイクほど顔立ちの印象を変えることができない。
例えばパッチリ二重にしたり、涙袋を作ったり…という部分が苦手だ。
だから、方向性としてそれぞれの個性を活かすのが主流になっている。

ミホは少し丸顔で穏やかな印象の子なので、
メイクは暖炉の前でゆったりマフラーでも編んでそうな、かわいいおばあちゃん系だ。

私は自分の顔を割とシャープな感じだと思っているから、スタイリッシュでかっこいい系を目指している。

そんな感じで、本人の理想のイメージも加わってくる。
だから、マンガやアニメに好きな老人キャラがいる子はやたら老人メイクがうまかったり、凝ってたりする。

「今日から1週間だるいよねー」
ミホがそう言ってきた。
そうだね、と返しながら私たちはバスに乗った。

正直、私はこのイベントが嫌いじゃない。
自分の個性を突き詰めてる子、流行をうまく取り入れてる子。
いろんなアプローチが見れておもしろい。
他の子がどんなおばあちゃんになっているか、密かに楽しみにしながら、ミホとの雑談を続けた。

完

しおりを挟む