ある奴隷商人の話

くじら

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プロローグ

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「佐々木先輩!お疲れ様です!」



「おつかれ……駅まで一緒に行こうか」




 もう、遅いし…と心の中で続ける。



「はい!」



 元気な返事をしながら、彼女が駆けてくる。



「最寄り駅からは歩きだったよね…気を付けて帰るんだよ?」


「先輩も!お酒を飲んでいないとはいえ…夜道に女性を1人で帰らせるなんて……ウチの馬鹿共が飲まなきゃ、家まで送らせるのに……」



 苦々しい声で、可愛い後輩が心配の声を零す。先程まで飲んでいた仲間達はみな、飲みすぎた者とそれを介抱する者で分かれた。そのため、女性を送る余裕のある者はいなかった。




「しょうがないよ。久々に大きい企画が通ったんだから」




 今日は私達の所属している企画営業部のみんなで打ち上げに来た。つまり、やっと企画が通ったお祝いとこれから頑張ろうという意味を込めた飲み会だったのだ。

 飲み過ぎた人が多かったのは誤算だったけれども……



「それもそうですけどー……1番の功労者である先輩が飲まないうえに二次会にも行かないなんて…」



 そう言ってくれるから、この子は営業先で可愛がられるんだろうな……と1人思ってみる。



「私は気にしていないよ。ありがとね。それに……今日は、ちょっとお酒を飲みたい気分じゃなかったしね。」


「じゃあ!!今度、一緒に飲みに行きましょう!良いお店探しておきます!それに、私……先輩に話したいことがあるんです」


「分かった……じゃあ、また明日」


「はい!駅まで送ってくださりありがとうございました」


 そういうと彼女は駅の改札をくぐっていった。






 気付かれてたか……






 心の中で私は呟いた。





 本当は私の家は電車に乗る必要があるほど遠くない。


 駅に行くまでだけでもと思い、逆方向だったが彼女について行ったのだ。



 天然なところもあるけれど、本質的には聡い子だ。これからは私の補佐無しでもやっていけるだろう。




「次の企画……任せてみようか」



 思わず、声に出して呟いた。




 新春の夜更けは…まだ暖かいとは言い難い。




 空気を吸い込むと、肺が冷たい酸素を取り込んだ。先程までの熱気を忘れ、頭がクリアになっていく。



 それから、これからやるべきことを頭の中で考えていくといつの間にかマンションに着いていた。



 そして……玄関口でパスワードを打ち、自動扉を開けた。疲れからか溜息を1つ吐くとエレベーターを使って自分の部屋がある階まで上がった。部屋の前に着くと鍵を出して帰ってきたことを告げる。





 すると、奥から声が聞こえた。





「今日は玄関で迎えてくれないんだな」




 思わずーー……不満を零す。





 それを申し訳なく思ったのか、甘えるように私のそばに擦り寄ってきた。



「ただいまーー……ダイアナ」

 名前を呼びながら、彼女を抱き上げる。










「ニャー」



 私の声に反応したのか、彼女が鳴いた。





 夜を思わせる黒い毛並みに、月のような金の瞳。


出会った頃は泥で汚れていたうえに傷だらけだった。今では、毛並みも艶がでるほど美しくなり怪我もほとんど治った。それに、ガリガリだった身体もふっくらとして栄養が足りていることが見て分かるほどだ。




「助けてくれた彼女に感謝しなきゃな」

「ニャー」

 ダイアナが私と会話しているかのように、返事をした。


 もしかしたら、猫のほうが人間よりも頭がよくて……猫の言葉だけでなく、私達の言っていることまで理解しているのでは…?と思ってしまう。



 すると、彼女は不思議そうな顔をして私の顔を見上げてきた。



「ん?お前は賢いと思っただけだよ」
「ニャーニャー」



 照れたのか、単純にご飯を食べたいだけなのか私の腕から降りようとした。


「分かったって。ごめんな。遅くなって」


 急いで降ろすと彼女は、自分で餌をよそう入れ物を持ってきた。だから、私は戸棚から彼女のご飯を出してあげた。


「じゃあ、私はシャワーを浴びてくる。先に寝ててもいいからな?容器はそのままにしておいていいぞ」



 それだけ言い残して、その場を離れるとまた…彼女が返事をしたような気がした。






 浴室から出ると、珍しくダイアナは寝ていなかった。


「珍しいな…お前が起きているなんて」

「ニャー」

「どうした…?」



 何故か、私はダイアナがすごく申し訳なさそうな…悲しそうな表情をしているように感じた。


「怖い夢でも見そうなのか?」

「……ニャ」

「じゃあ、今日は一緒に寝ようか」



そう答えると一足先に彼女は私のベッドへと向かった。


 そして、私が来るまで部屋で待ってたのか…私が寝室に入ると、彼女は1度の跳躍でベッドに上り…大人しく座った。



 私が彼女の頭をなでながら寝転ぶと彼女も寝る体勢になった。

「……私がいない間に過去の夢でもみたのか?」


 小さな声で呟くが、ダイアナは返事をしない。

 もう、寝てしまったのだろうか。


 そう思ったが……私自身も睡魔が襲ってきて瞼を閉じたーー……






 眠りに落ちる直前、ダイアナが切なそうに泣いた気がしたーー……



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