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八.空の彼方
しおりを挟む円盤は環状に伸ばした管より紫の霧を吐く。下の円盤を軸に、上の円盤が回転する。陰一つない草原に黒い染みを付けて、刈り取るように侵攻した。
草は擬態。揺れる穂が獣毛を顕し、靡く葉が尾に変化して、数年に一度の目覚めを待たずザーキバウルスが逃げ惑う。そしてあるものは力尽き、草に倒れて体を痙攣させる。その草も無残に枯れ色に染まる。
その”染み”を叩くため、ラヌは降下して迫る。右に長尺、左に一つ。二本の槌には怒りで魔力が蓄積されていた。武装にはマスクが付け加えられている。
敵に迫る寸前、水平に軌道を変え、
「ムッ!」
左の槌が上の円盤に回転と逆の通撃を与える。制動をかけられた円盤は火花を吐いて逆回転する。
空でターンを決め、さらに迫って行く。上部円盤が火花を散らしつつ攻撃を防ぐ盾を作ろうとするが、その隙を与えずフッ飛ばす。
上部円盤は回転軸を失いバランスを崩した。下部円盤はガードを失い露出する。
ゴーグルの奥でラヌの瞳が光る。
長槌が振るわれて下部の本体に通撃が伝わる。
振り抜かず、めり込んだ槌の先にさらに魔力を込めて行く。
チリッと火花を吐くと、亀裂から毒が漏れ出す。
「……!」
身を翻し、上空へ駆け戻る。
――ラヌと入れ違いに風上の草原に降り立った。
毒の円場、染場走が崩れ落ちる。
草原の泉から緑の球が浮遊してきた。
「あ……」
翠球はふよふよと揺れる。
風は既に取り巻きつつある。
染場走に向かい、意志を込める。翠球が吐きだした滴を高速の風が浚っていく。
毒を吐いて崩壊する円場を一瞬で打ち尽くす。
紫のミストが弾けて毒霧を消滅させた。
空っぽになった邪道機械が自壊して跡形なく空気に溶けていく……
パルミアは草原の民を代表してラヌに礼を尽くした。
「ザーキバウルスの草原はフォーッセ族の宝だ。感謝する。誇り高きフォーッセも同盟に加えて頂けないだろうか」
「しかと承る、パルミア」
集まっていた草原の民から士気高く歓声が上がる。
「力を合わせ、邪道共をこの世界から駆逐しよう」
パルミアはラヌと固く手を握り合った。
翠球は泉にフワフワと浮かんでいる。
「ありがとう。湖に帰るんだね」
嬉しそうにジャンプすると、小さな水しぶきを上げて泉の中へ消えた。
「カツミ?」
草原を掻き分けてラヌがやってきた。
「あぁ、ラヌ」
ラヌは微かな表情を覗かせて微笑した。
「一人で感謝を受けるのも味気ない。帰ろうか」
塔の監視台に降り立つと、ギュイヌが出迎えてくれた。
「勝利されたようですな」
「ン……カツミのお陰だな。汚染も出さずに処理できた」
「ご苦労でしたな、カツミ」
「うん。でも、ラヌ、何ともない?」
ラヌは首を傾げて見せた。胸元に覗く赤が僅かに感情を伝えている。
「ああ、毒のことか。心配ないと思うがギュイヌ」
ギュイヌは心得た、とばかりに頷いた。
「承知しました。念のため毒消しの用意を致しましょう」
「すまんな。カツミがこう言うと無下にもできぬ」
「いえ、よろしゅうございます」
夕食後、ラヌはボクを引き留めた。
「カツミ、寝室の解除をしておいた。我を待たずとも休んでくれ」
「?」
「汝の忠告に従い、今夜は毒消しの為浴室へ入る」
「そうしてくれると……ボクも安心かな」
ラヌは苦笑したように見える。
「君は過保護だな。ギュイヌとは違った形で我を案じている」
その言葉には暖かさがある……法衣の下の彼女は夜を一緒に過ごせないことを残念がっているのだと思った。
「それじゃあね」
それで充分だ。ボクは寝室へ向かった。
教室があった。知らないクラスメートたち。
誰もボクに気づかない。
美術教室には――人が居なかった。
長い長い空白――
漠然とした不安が襲ってくる。
かつての級友たちはもうここにはいない。
一人社会に取り残されて、置き去りになっている。
この世界にはボクの居場所がない。
身の置き場がない。
心細くて、焦って、だけどそれに答える者は誰もいない。
一人でもがくしかなかった。
「うわぁぁっ!」
飛び起きた。
「あ……」
帳が布かれている。その向こうに人の気配を探してしまう。
「そうか……今日は……」
聞かれなくてよかった。
もう一度ボクは毛布を被り直す。
そして夢のない眠りに落ちた。
朝、ラヌはいつもより早くダイニングで待っていた。
そしていつもより多く挨拶を交わした。
微かな不安は満たされて消えた。
その日の午後。
ボクは砂漠へ出かけた。塔の外へ歩いて出るのは始めてだった。
ラヌはいつものように書斎へ誘ってくれたけど、出かけることはずっと楽しみにしていたから。ギュイヌの用意してくれた服と靴に着替え、白い砂の大地を歩いて行く。
輝く白砂の丘を上って岩の峰へと辿り着いた。砂漠に浮かぶ塔が目の前にある。
先客があった。岩の塊のようにゴツゴツとした大柄の男が立っていた。
(あれは確か巨力族の……)
ネバルガスはボクに気づいた。
「ヌ! お前は……」
唸るような声にたじろいだ。ま、まさか……こんな塔と目と鼻の先、ラヌの勢力下で乱暴なことなんて――しないよね?
ネバルガスは豪快な笑い声を上げる。
「ハァッハッハッ! お前、オレが何かするとでも思ったのか? 信用しろ。貴様は邪道機械を倒したんだろ?」
「は、はぁ……以前は失礼なことしちゃって……」
「見ろ!」
ネバルガスは足下を指した。岩と砂の間から、小さな苗木が顔を出している。ここはラヌが円場走を倒した場所だった。
「貴様がここで砂荒れを食い止めた。だからナシュークは荒らされずに済んだ」
「う、うわっ!?」
ネバルガスは馴れ馴れしく腕を回し肩を抱いてくる。
「お前がどこから来たのかは知らん。だが、認めてやる。お前はナシュークの戦士だとな!」
言って愉快そうに笑う。
ボクはこの野獣のような男がちょっぴり好きになった。
文衣に身を包んだ魔導師は書を繰りながらため息をついた。
「何かが物足りない。いかんな……私は……寂しい?のか」
真摯に考え込む。
「原因は――やはりカツミか。心を読まれれば困るのは私の方だ……」
やるせなく握り締めた手が触れて、積み上げた書が床に崩れ落ちた。
「むぅ……なんということだ」
重々しく身を引きずって立ち上がる。
床に腰を下ろし、散らばった書を一冊一冊、積み上げて行く。
ふと、手にした書の開いた頁に目が止まった。
「! こ、これは!?」
夕食後、ギュイヌさんが湯浴みの用意をしてくれた。
昼間の汗を流すと石階段を寝室に向かう。
法衣を着ていないラヌと話したくなった。
寝室に入ると帳は上がっていた。
ラヌが座ってこちらを見ている。
「あれ? どうしたの?」
正面から眠衣のラヌを見つめてドキッとする。
ラヌは嬉しそうにした。
ベッドに上がり込み、話しかける。
「なんか久しぶりだね」
くすっと笑った。何の不安もない笑いに心の中でホッとする。
「カツミ……私のことをどう思う?」
「え!?」
ラヌは赤らめた顔を少し背けながら言う。
「その……お前は文衣の私に好意を持ってくれていた。今は……どうなんだ?」
「……好きだ」
「そ、そうか? その……私もカツミがいてくれて……」
はにかみながらか細い声でそう言った。
今更ながら。
だけど……嬉しい気持ちの一方で違和感を感じる。
なんでそんなこと聞くんだ?
今更……心を読めば分かるじゃないか?
「私は最近、良くないことを考えてしまう」
その疑問を読み取ったのだろう。ラヌは呟いた。
「私とカツミの関係は邪道機械を倒すためだけの関係だ。もし邪道機械が現れなくなったら、その関係はどうなるんだろう?」
漠然と感じていた不安だった。
ラヌも同じ事を――。
ラヌの瞳が不安そうに揺れた。
愛しさが溢れていっぱいになる。
彼女の不安を埋めてしまいたい。そして――自分を満たしたい。
それがどういう感情なのか、はっきりと分かる。
分かりすぎるくらい分かるのに……ボクは戸惑っていた。
ラヌは観念したように項垂れた。
「優しいな……カツミは。貴方はいつも私を傷つけないよう、傷つけることを畏れてる。でも……」
ラヌは堪えきれず涙を拭った。
そして帳を下ろす。ボクは何も言えなかった。
次の日、忙しそうに塔を行き来するギュイヌとすれ違う。
「どうしたの?」
「カツミ? 貴方にもラヌさまからお話が……」
「え?」
ラヌは法衣に身を包み、魔導師の部屋で待っていた。
「どうしたの? ラヌ」
「来たか。冽碧に出発する。一緒に来て欲しい」
「冽碧湖……? 白鳥琅の?」
「そうだ」
「邪道機械が……?」
ボクはそこではっと気づく。
最近ボクたちは……邪道機械に対抗するための理力の交換、チェンジインをしていない。
つまり、今は邪道機械が攻めてくる兆候がない、ということになる。
「察しのごとく、だ。重要な事なので二人で話をしておきたかった」
ラヌは淡々と告げる。法衣の下で何を思っているのか……心が見えなかった。
「昨日、我は湖の秘密を解明した」
「ええっ!?」
「正確にはその手がかりを見つけた――と言うべきか。古い記述を紐解き、湖にかかる伝承を追っていくとガルメイの態度にも頷ける所がある」
「そ、それで?」
いやな不安が胸に渦巻いた。
「結論から言おう。邪道機械を生じているのは天蓋の嵐だ」
「なんだって!?」
「知のリング、その欠片。古き者達が作っている嵐はその性質を増大させている。邪道機械は本来”式化”創世物でこの世界に影響を及ぼすほどの量質を得ない。嵐の中で精錬されて生まれ、風に運ばれ、嵐へと戻り還元される。この理を曲げぬ限り脅威とはならない」
「…………」
つまり、何かの理由でそのバランスが崩されているってことか……。
「知のリングは――この世界を創世した力だ。だがボリペアードの世界にはほとんど影響を及ぼさなかった。リングに形を変え、世界への干渉を及ぼし得なく加工されたのでな。他の世界ではこれは新化と呼ばれる力らしい」
――ラヌの言うことが進化なら……生物を高度な種に変化させる力と言うことか? だがもっと奥深い意味があるようだ。そしてそれがこの世界にはない……。
「そして知のリングの最大の顕現は車輪なのだ」
ボクの中で意味が繋がる。それはつまり――。
「そうだ。邪道機械の円場、回転させ加速させ力を得る。現象を進展拡大させて画期的な力を及ぼす仕組みだ。本来ささやかな物質的容量しか持たないこの力だが、嵐の炉に落ちて錬成されれば大地を破壊し変成させるほどの出力を得る」
「じゃ、じゃあ、その嵐の炉を何とかすれば……」
ラヌは頷いた。
「どうして昨日教えてくれなかったの?」
ラヌの瞳が陰る。
胸元で赤いスカーフが所在なげに揺れた。
「法衣を纏わぬ我は汝に伝える自信がなかった」
「!」
「我の本意はカツミと在りたいと願う。その想いを曲げてこの世界の憂いをなくし、カツミを本来の世界に戻さなくてはならない」
「ラヌ……」
「そして恥ずべきことだが、生身の我は汝に想いを打ち明けることができない。だが、法衣を通してならカツミと我の関係を明確に言葉にできる。恥も外聞もなく、な」
「…………」
「我の本心は汝に抱かれるつもりでいた」
「!」
「汝はそうしなかった。汝が我を思う気持ちは想像以上だった。我の本心は余計に辛い想いをすることになった」
「ボ、ボクだって! ラヌと分かれたくないよ! 昨日だって! ボクだってそうしたかったさ! だけど……そんなの……」
ラヌは寂しそうな目でボクを見た。
「――しかしながら、今我は自身の義務を果たさねばならない」
「――――!」
「最後の変身――風の超活衣の力が必要となろう。最後は法衣の力を借りず、汝を送り返す意志を貫きたい。そのとき、我を助けてくれ。これは我の本心からの切なき願いだ。我が他人のことでこれ以上に苦しむことはこの先もないだろう。せめてこの想いを遂げさせてくれ」
双子の雲が湖に向かう間、ボクとラヌはいつも通りだった。ただ、時折ぎこちなく、時折言葉に詰まり、時に無理に笑顔を作る。いろいろな想いがない交ぜになって湧き上がってくるのだから。
ギュイヌは言葉を交えず、静かに傍らに居た。
双子の雲は以前と同じように、湖のほど近く、森の中に降りた。ギュイヌは双子の雲と共に森の中へ残る。ボクとラヌは二人で谷へ向かった。
前回と同じ、岩肌の前で立ち止まる。
「カツミ――変身を」
「…………」
「汝が我を愛してくれた。あのイメージで……我に力を与えてくれ」
「別れの言葉みたいだよ……ただ、言っておくけど」
「!」
「元の世界に帰っても、君のこと忘れる訳じゃないからね。君が成長して風の心を知る魔導師になるまで、その言葉は預けておくから」
「カツミ……」
そっとラヌの手を取る。
千里眼の視鏡を描き出し、ラヌの姿を変えて行く。
ラヌの本当の姿に変えて行く。
ふわり、と風が音を立てて現れた。
白く眩しい姿を紡ぎ出す。
「カツミ、ごめんなさい」
にこっと笑って見せた。
くっ、と手を取って引き寄せる。
「ひゃあ!?」
お互いの手を掲げると、千里眼の視鏡が変型して二人の手首を繋ぐ。
「……くす」
「ははは……やっと笑った」
慈しむように噛みしめて、言った。
「じゃあラヌ、後は任せるよ。君が飛ぶ空に感じた風のイメージをチェンジインするから」
「うん……」
ラヌは一つ息を吸い込むと空へ身を躍らせた。ボクを連れて。
天蓋の嵐が渦巻いている。
ボクには見えていた。
この空――。
ラヌと出会った空。
その上で古い生き物たちがひしめきあう、巨大な風の炉。
未来へ向かう時が流れて行く。
炉に落ちる。
それを追って深く進んで行く。
超活衣が嵐の壁をこじ開けて、古い生き物たちが避けて通る。
炉の底にリングが見える。
渦の回転の中で時が形を変えて行く。
冥い獣の王が居た。
「ガルメイか」
「ここに気づいたか……異境の風。そして風の巫女たる少女」
「お前が邪道機械を生じた黒幕なのか!?」
ガルメイは翼を広げ、炉の前に伏した。
「この輪転は我らには止められぬ。新化の力が古き種族を衰えさせ、曲げて力を生み出すために、知のリングが互いの欠片を集めて力を得ておるのだ」
ラヌが問い質す。
「知のリングの欠片が揃いつつある……なぜそう思うのだ?」
「この輪転は日増しに秩序を踏み外しつつある。嵐の本来の役割を超えて邪道機械を生み出し、式化された力でボリペアードを変えつつあるのだ。我らが数千年、目を光らせている限りリングの欠片は誓って一つだった。だが今は二つの欠片が見える」
炉の中に欠片が輝く。そしてさらに強い輝きが別の所から熾った。
――式が生み出されていく。
「あれを取り出せばいいのか。そして別の場所に――」
「おお、我らには無理だ、異境の風。部下に命じたが、何人もの仲間が炉に焼かれてしまった! もはやこの炉は止められぬ」
ボクは注意深く観察する。
リングの欠片はこの世界では伝説上の存在。
だけどボクの世界にはチェンジインできる法則があるかもしれない。
「――それなら」
ボクはラヌを見た。
「理力を発揮してくれないか」
ラヌは目を丸くする。
「知のリングの力は理力の元だろう? 魔導師はその力を使って魔法力を生み出す。それを――」
ボクはその先にあるイメージをラヌに流し込んで行く。
ラヌは目を閉じてそれを受け入れた。
そして瞳を開く。
「でも、私の持っている知力でできるかどうか」
「少し軌道を変えるだけでいいんだ。それに――」
「それに?」
「ボクは法衣を着たラヌも好きなんだ。彼女の魔法力を……信じてる」
ラヌは戸惑うような表情を浮かべた。
そして炉に向けて集中していく。
理力が注がれると超活衣が法衣に転位する。
そしてまた超活衣に戻る。
それを繰り返しながら、彼女は自分の持つ全ての理力をリングの欠片に注ぎ込んだ。
炉の輝きが増して式化創世された物体が巨大化し、膨れあがる。一気に量質を増して邪道機械へ変化を始めた。
「ヒ、ヒィッ!」
あまりの危うさにガルメイが呻き声を上げる。
ラヌは法衣に転位するとありったけの理力を注ぎ込む。
「ム!」
膨張していた邪道機械に亀裂が入る。更にラヌが理力を込めた。
ピシッ――。
溢れる程の理力を受け止められず邪道機械が破砕する。
そして最高の輝きに達した知のリングの欠片。それが炉の回転を超えて軸を失った。
「雷よ――」
ピシッ!
「焔よ――」
欠片が行き所を失って暴れ出す。
「我が知の深淵、創世たる理力を司る火よ雷よ。今一度原初の姿に顕現せよ!」
その瞬間――。
欠片は炉の中心から弾き出されていた。
嵐の炉が歪んで脈打ち始める。
「ラヌ!」
集中したまま法衣を解けないラヌの手を取ると、彼女はハッと我に返った。
「やったぞ! 自分の力で……君がやったんだ!」
「カツミ……な、汝は何という……何と言ってよいか八一言語何れも言葉を構成できぬ」
「ウォォォ――――――ン」
ガルメイは巨大な狼の姿を顕し、古き者たちに呼びかける。古き者たちは新しく炉を築くために出力を失った壁を復元し始めた。
ガルメイは喜びに赤い瞳を輝かせている。もう、大丈夫だ。
「ラヌ!」
ラヌは超活衣に変身する。
嵐の外へ――飛び出した。
嵐が脈打っていた。
様々な流れを呼び寄せる。
ボクの知っている世界――風がその中にあった。
繋がれた手が――離れそうになる。
そしてもう一度繋がれる。
風に踊りながら、ボクたちは――二つの世界の風になっていた。
こうして、湖の上を巡りながら。
子供の時に出会い、そして生身で触れあい、今分かれたとしても、もう一度巡り会える。
二人で空を舞うことができる。
彼女が風の心を忘れない限り。
そして、ひとしきり強く握った手が、どちらともなく離れて行く。
それが自然であるかのように。
なぜならボクたちは風だから――。
離れても、彼女は風のまま舞っていた。ずっと、この空で舞っている。
「どうしたのよ!」
麻美の必死の声で我に返る。
「え? あ? へっ?」
30m下の花壇の植え込みと庭木が小さく見えていた。
フェンスに乗り出した体を麻美と茂が必死に捕まえている。
「うっ、うわぁぁぁぁっ! 落ちるっ、落ちる――ッ!」
「バカかてめえは! 自分から飛び出しといてよぉ!」
「は、離さないで茂! 絶対! 絶対!!」
「わーった! わーったから落ち着け! 暴れるんじゃねぇぇ!」
「キャァッ! ちょっとカツミン暴れないで! そんなしたら落ちちゃうってばぁ!」
這々の体でコンクリートの上に引きずり込まれる。
三人で肩で息をして、口が回らない。
「も――何フラれた訳ーっ!? いきなり何するかと思ったよ!」
「ち、ちが……うっ!」
息が上がってしまってる。
「お前なぁ……そんなことでいちいち絶望してたら周りがタイヘンだってーの」
「ち、ち、ち……ちがうっ! フラれてなんかないっ! ちゃんとまた会う約束――」
麻美と茂が揃って驚愕の叫びを上げる。
「えええ――っ!?」
「ぬぁんだとぉ――!?」
――しまった!
二人がイヤらしい笑いを浮かべ迫ってくる。
「ほぅほぅ詳しく聞かせて貰いませんとなぁ」
「お前なぁ……うまくいってるならそれでいいんだよ。で、誰なんだ?」
バカらしいくらいあっけなく――いつもの日常が戻ってくる。
あの空の向こう。
あの娘の世界に繋がっている。
空を見ながらボクは――「きっとまた会える」そう、思ってた。
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