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十六話

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 《あ…》

「どうした」

ロッロが耳をピクッと祠の外に向けて動かしたのをイールビが見た。
人の耳ではまだ聴こえないであろう遠くから、聞き覚えのある「ピューピュー」という声が聞こえる。
ジースーだ。
ロッロはよく知っていた。
ジースーと共に育っていく中で、何かをイメージしたり、ジースーの中でシュミレーションが行われている時、無意識にその音を小さく発するのだ。
ロッロも初めこそ不思議に思ったが、それがジースーの自然体なのだな、と然程気にしなくなっていた。
その音が聞こえる。
ジースーがすぐそこまで来ている証拠だった。

《オーニーズが来ます。それと、エニスという人…。そして今回はさらに2人、増えてます》

ロッロが聞こえた音の報告をイールビにする。それにイールビは鼻で笑った。

「ふん。ようやく来たか。傭兵でも雇って来たか?楽しめそうじゃねーか」

《どうしましょう。あまりひどい事は…》

「奴らを庇って油断しすぎるとさっきみたいにやられてしまうぞ。割と本気で行け。奴らもそんなヤワじゃねぇだろ」

《…わかりました》

「ケンカするくらいのつもりでいかんかい。俺も殺しはしねーよ」

《はい!》

作戦会議をしていると、間も無くしてオーニーズ一行が祠に入り口に来たのがわかった。

「ここが入り口だ。みんな、心してかかれ」

チュラーの声がする。

「チピ!!」

入り口付近で伸びているチピに駆け寄る音が聞こえたのでロッロは「いくよ」という意味でわざとらしく唸って飛びかかった。
珍しくジースーが攻撃してこない。

「ジースー!撃たんかい!気づいとったやろ!」

ロッロの牙を剣で受け止めたポッツが叫ぶ。

「うん、だけど手を出すなって、さっき」
「場合を考えや!」

ポッツが牙を振り払い、間も無く斬り込んで来たが、その癖はロッロも知っている。
ひらりとかわして、かすめる程度に爪を振った。
ロッロはポッツと戯れ慣れていたので、先程のチピのようにはいかない。
ポッツ相手ならば踊るように対応できた。
その様子にポッツも焦ったのか、

「チュラー、はよ詠唱してや!」

と、チュラーに投げかけた。
チュラーは既に詠唱中で、「今やってる!話しかけるな気が散る!」と詠唱の間に鋭く叫んだ。

「助太刀する」

ロッロは振り下ろした爪を初めて見る2人の盾によって弾かれた。
弾かれる瞬間2人を見たロッロは、美人の女剣士とダッタン国の紋章の入った服を着ている…軍の人間だろうか、と素早く観察していた。
ダッタン国の姫君の声を奪ったので、軍から人が動いてもおかしくないのだ。
とうとう来てしまったか、と思っていた。

その瞬間、エニスが背後に回り斬りかかる気配をロッロは感じ取ったので、力を込めて2人の盾を押し、よろけたのを見計らって素早く逃げた。エニスの剣は宙を切る。

「みんな離れろ!」

チュラーの叫びが聞こえると、ロッロに照準を合わせて魔法を撃とうとしていた。

「火の精霊よ我に力を!焼き尽くせ!」

火の玉がロッロ目掛けて飛んでくる。
イールビの分身が側に来る様子を見てわざと避けずにいた。
すると火の玉はロッロに当たる寸前で方向を変え、壁に激突し、消えた。

「危ない所だったな、ロッロ」

《…んもぅ》

わざと低く言ってくるイールビに、ロッロはカッコつけちゃって、なんて思っていたら、怒りを露わにしたポッツが立ち上がり「人の声を奪って!なんでこんな事するんや!」と叫んだ。
その様子に一瞬ニヤリとしたイールビはわざとらしく声を荒らげ、

「声がなんだ!だからどうした!命までは奪っておらん!私の気持ちがわかるか?妻を殺され国は犯人を探しもしない!だから私はムヒコーウェル様に魂を売ったのだ!自分の力で犯人を探し出し制裁を与える!ムヒコーウェル様を復活させるために声が必要なのだ!それも美声を持つ少女の声が!まだ足りぬ、邪魔をするな!!」

と、演じてみせた。
半分くらいは合ってるかな~…と思う反面で全部本当だったらどうしよ、と心がざわつくロッロだったが、今は黙っておく。

イールビが黒い霧をオーニーズめがけてかざした手に集めて玉となったものを放つ。
闇の魔法だ。
エニスが、「みんな逃げろ!!!!」と叫び終わる前に「任せろ!」とチュラーが炎で壁を作りそれを弾いた。

「嫌な予感がしてな、予め詠唱しておいた」

ジースーがイールビ目掛けて銃を撃つ。
弾は掠めるだけで、当たらない。

「おかしいなー。ちゃんと狙ってるのにズレるんだ」

と、首をかしげるジースーをイールビは笑って、

「バカめ。そんな弾なんぞ私には当たらんよ。ムヒコーウェル様に守られておるのだ。そろそろ邪魔者には死んでもらおう!」

と、また黒い霧を手に集め始めた。

「そうはさせん!」
女剣士が剣を振り上げる様子を見たロッロは彼女を傷つけぬよう体当たりをして狙いを外させる。

「さあ、終わりだ!」

イールビがオーニーズめがけて手をかざす。

「チュラー!はよ詠唱!」
「ダメだ!間に合わない!」
「俺が時間を稼ぐ!」

ポッツ、チュラー、エニスが順に叫ぶが、イールビに襲いかかろうとする相手にはロッロが体当たりをして邪魔をした。

「こんな時にあの力があれば…!」

エニスがぽつりと呟いた言葉に(あの力?)とロッロが首を傾げていると黒い霧はオーニーズ一行を包み込んだ。

「わぁぁあ!!熱い!!」

《ちょ、だ、大丈夫なやつですか》

苦しむオーニーズ達を見てコソコソとイールビに話しかけるロッロだったが、イールビは大丈夫だよ!とヒソヒソ返して来て、

《さっきのチピとかいうやつにかけたやつと同じだ。ドレイン魔法。苦しいが数日分の機動力を奪うだけだ。何日か寝りゃ治るやつ!心配すんなボケ!》

と心に直接話しかけて来て手短に説明をしてくれた。
表では「これが妻の受けた苦しみだ!」などと叫んでいたが。

オーニーズ達の悲鳴が急に消えた。
黒い霧に包まれているので中の様子はよくわからない。

《え、あの、大丈夫なやつですよね》

「何度もうるさい!大丈夫なやつ!だっ………あれ?」

ロッロがマントを爪でちょいとつまみながら心配してくるので、今度は直接声に出して叫ぶイールビだったが、どうも様子がおかしい、と思ったのか、魔法を散らし消した。
そこにオーニーズ達の姿がなかった。

「………。死んだのか?」

《ちょ!え!?大丈夫なやつって言ったじゃないですか!!》

ポカンとするイールビに涙目ですがりつくロッロ。
オーニーズにかけた黒い霧のドレイン魔法を解いてみればそこに姿は無く。

「いやおかしい。身体が消滅するような魔法じゃねーんだが」

と冷静になるイールビだった。

「誰かの転送魔法で助けられたか」

《な、なるほど》

「それしかねぇ。何も感じなかったって事はかなりの遣い手だな。ヤベーやつバックにいるのか」

《あ…三賢者と呼ばれる力を持った人達が、いるにはいますが…まさかそこにまで助力してもらっているとは…聞きませんね》

「ムヒコーウェル姐さんの事ヤベーって思ってんなら向こうから助けるだろうよ。なんだよ~拍子抜けだ。吸い尽くしてやろーと思ったのによ。魔力も体力もあるに越した事はねー」

先程まで低い声、暗い表情で演技していたイールビが頭の後ろで手を組んで「あーあ」と言う様子が急に子供っぽくて、ロッロは「ふふっ」と笑ってしまった。

「何笑ってるんだよ」

《…ギャップ萌え、でしょうかね》

「黙っとけ!萌えんなバカ!」

ロッロはゲンコツを頭に食らってしまった。
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