上 下
12 / 21

十二話

しおりを挟む
 「う、わっ…ぶっ!」

僅かに地面から浮いた場所に放られてよろけてしまい、見事に顔からの着地を決めたロッロだった。
それを横目にイールビは多少イラついた様子で封印の巻貝を見つめていた。

「だせぇ」

「うー。いたた。まさかこんな魔法まで使われるようになるなんて…。何が起きたのかわからないままでしたよ…!」

「はー。だせぇ」

「そ、そんなダサいダサい言わないでくださいぃ…」

ぶつけて赤くなった鼻を擦りながら涙目で訴えるロッロの方をようやくチラッと見たイールビは、ああ、というように納得してまた視線を巻貝に戻す。

「お前じゃねぇ。いや、お前もだけどな。俺の事だ。大人気ねぇ」

「イールビ様…」

「んーまぁ。時が来ればまた戻るわけだし。
いいか。テストにはなったな。切り替えだな。切り替え」

よし!と巻貝を首にまたかけ直すイールビを不安そうに見つめるロッロだったが、そういえばここはどこだろう、と辺りを見回すと見慣れた修道院の庭に来ていた事に気がついた。

「イールビ様、こ、ここは…」

「おう。女子供だらけの修道院だ。俺がやる気のうちにやっていくぞ。いいな」

「は、はい…」

「今はまだ人目につく。適当にメシでも食って夜決行だ」

「かしこまりました」

修道院の側には小さな湖がある。
その側の木陰でイールビは休むといって横になってしまった。その間にロッロは修道院の厨房にこっそり忍び込んだ。食事の支度時ではあったが、幸いまだ誰もおらず、棚にあった食材の中からパムといくつか残っていた野菜を少しとパム、チースを拝借してサンデイッチを作り包んだ。
何か寂しくて少し悩んだが、お湯を沸かして紅茶を入れたポットとマグカップを2つ、手近にあったバスケットに入れてそっと厨房をを後にした。

人目につかないように移動し、もう少しで修道院の敷地を出る、という所で「見慣れん顔やな」と声をかけられてドキッとする。
振り向くと、ポッツがいた。

ポッツは昔、イヤザザ地区の森で1人迷っていたのをロッロが修道院まで送り届けた子供の1人だ。今はもう立派な青年となり、修道院にいつもいるわけではないが、暇さえあればこうして顔を出しては妹達をとても可愛がっているようだった。

「ポッツ…」

「ん?なんや?わしの事知ってるん?」

「あ…、な、なんでもないです、ではこれで」

ポッツに人の姿を見られたのは初めてだった。いつも犬の姿でいたロッロだとわからなかったのだ。ましてや、今の姿は普段とは少し大人びていて違う。それにポッツは剣士で魔法を使わないので、犬の姿の時の声も聞こえない。
今はあまり人に会いたくなくてロッロは他人のふりをして足早に立ち去った。

「…なんや?こんな時間に」

不思議がるポッツにごめんね、と心で謝って、修道院を出た。

夕日が傾いてもうすぐ夜、という時刻になっていた。
湖のほとりまで来ると揺らめく灯りが見えた。
イールビが焚き火をしているのだろうか。
だんだん明るくなる方へと向かって行く。
それにしては明るいな、と思いながら進むとイールビの背中が見えたので、戻りました、と口を開こうとした瞬間に話し声が聞こえて慌てて言葉を飲み込んだ。

「………ですね…。……、…は、ここに…。
いつでも……」

「わかりました姫様。また参ります。ありがとうございます」

相手の声はよく聞こえなかったが、女性のようだった。神力の高い気配が消えたのが辺りの明るさでわかったので、ロッロはイールビ一人である事をよく確認してから「戻りました」と木陰から出た。

「おう。遅かったな」

先程の方は、と聞きたい気持ちを抑えて
「食事を用意してきました」
と、何も知らないフリで続けた。

「マジか。ありがとう」

「え…?!…あ、いえ、当然です」

「何に驚いてんだ」

「その、ありがとうって、久々に聞いたので、つい…」

「は?何かしてもらってありがとうなんて当たり前だろ」

「そ、そう、ですよ、ね…」

包みを広げて、サンデイッチを手渡し、少しぬるくなった紅茶をカップに分けて入れる。

「俺キュリ嫌い」

「す、好き嫌いはよくありませんよ…」

サンデイッチの中身からひょいっとキュリをつまんでヒラヒラとさせる姿が年不相応でやけに可愛らしく見えたロッロはふふっと笑って一応勧めてはみたが、

「人の食べ物じゃねぇ。ムシの食い物だろ」

と言ってロッロに向かって突き出すので、

「もぅ…。私がもらいます」

と、つまんで食べた。

「おう。ムシはムシの食べ物食っとけ」

イールビはニカっと笑ってからサンデイッチを食べ始めた。
それを見て安心してロッロも食べ始める。

「紅茶か。いい選択だな」

「お好きでしたか」

「まあね。良く飲む方だな」

「それは…良かったです」

自然と笑みがこぼれて、幸せな時間だな、とロッロは感じていた。
「ありがとう」か…。
普段は犬の姿でいて、こっそり人の姿になっては子供のお世話や修道院の家事をするのが日課だった日々の中でお礼を言われた事なんてあっただろうか、と思い出していた。
すっかりそれらが当たり前になってしまって、お礼を言われた事がなかった。
そんな時に久々のお礼を聞けてとても幸せな気持ちだった。

「食べたら出撃するぞ」

そんな気持ちも一言で吹き飛んだ。

「…はい。かしこまりました」

ロッロは、ふっと笑みを消し、と淡々と答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~

山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」 母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。 愛人宅に住み屋敷に帰らない父。 生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。 私には母の言葉が理解出来なかった。

処理中です...