時透

尾崎楓

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エリカ

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時を期せずして、その女の子が私の前に現れたのは随分、私が取り乱していた頃の事だった。不満があったのだろう。この世界についてとか、そんな大業な事は二の次。自分の暮らしが安定しないどころか、借金をしていた。それも、自分の虚勢の為だった。私は作家である事に一種の、優越感を感じていた。作家である事が、世間一般から賢人と言われている事に、私は満足していた。だが、一人の訳の分からない私の当時のその恋人により、無惨にも、それは幻想だと嫌というほど、知らしめられた。彼は、障害を持っており、双極性だった。私は、彼の記憶喪失に何度も手痛い想いをした。
「ねぇ、貴方さ、こないだそう言ったのもう忘れてるの?」
「え?ナニ言ってんです?笑。そんなこと言うわけないでしょ笑笑」

本当に忘れていたから、彼はまず、人として終わっていた。家族仲も、母親の事でいつも揉めていた。私は、そんな母親にも、よく思われていなかった。彼はまるで、汚いモノを隠す様に、私を決して自宅の部屋には入れてくれなかった。

「殺したいよ」

ある日、彼は私にそう、ボサリと呟いた。そして、これまで私に対して、ひどい事をした事を誤った。

「実は酷い親でさ、家族とも冷め切った関係なんだよね…俺の親、親父が幅利かせて、古い価値観の男尊女卑?って言うの?そう言う家系だから、色々母さん泣かせているんだ。」

私は、はじめての彼のその告白に、今までの彼に対して誤ったイメージを抱いていたんだな、と急に怒りなど何処かへ吹き飛んでしまった。彼と言う人は本当に、優しくて人から愛される様な、可愛らしい人だった。

エリカと名乗るその女が私の前に現れたのは、彼からその話を聞かされた時と重なる。

名前は神林絵梨花と書く。まるでどこぞのお嬢様みたいな名前だった。私はそんなエリカから、聞かされたのだ。

「ねぇ…私の事を愛してるの?」

その子と出逢った当時のことは今でも忘れられない。彼女もまた、作家志望のまだ、世に出た事のない、新米だった。私は、彼女が、どこぞの雑誌の応募に当選した事は、上から知っていた。だが、その作品は、読んでいなかった。

こう言う場合、作家は、律儀にその人の事を知ろうとはせず、まず人として見るのが妥当な判断なのだが、几帳面なヤツは、念入りに過去に書いた作品を読んだ上で逢う。そう言う人は、世間からも周りからも人望されている人格者である場合が多い。私はそんなことはしたくないから、しない。過去の栄光に縋っている様な人間は、今の時代には生きていけない。常に新しい世界を確立していく様なヤツにこそ、未来は切り開かれるべきだと踏んでいる。私も曲がりなりにも、世に評価されて生きてきたが、どうやら過去の栄光は、私を堕落しこそすれ、持ち上げる事は赦さなかった。私は常に時代の最先端を征かなければならないのだと感じ、厳しい世界だと思った。勿論、私はそんな競争の激しい世界になんて未練も無かった。だから、後世の人材の育成に尽力する事に決めたのだった。もう、永らく新作は書いていない。書いていたが、出す段になって、躊躇いが出てしまった。それを世に出す是非がどうしても払拭しきれず、私は今正直迷っている。これでいいのだろうか…本当に?自問自答する毎日だった。

2021.3.14(日)
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