崩壊

いなぐ

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第一話-②:加山(弟)

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[弟:加山拓也]


 今、僕が手にしているのは、洗濯かごに入れられたのをこっそり回収してきた兄のタオルだった。最近暑くなってきたから、割に代謝の良い兄はこのタオルを持ち歩いて汗を拭いていたのだ。まったく同じタオルをこの前購入して、入れ替えておいたため、僕が兄の使用したタオルを盗んだことは気づかれないはずだ。僕は今まで、兄の着用したシャツや靴下、はては下着までこの手段で手に入れていた。自分でも頭がおかしいと思う。生まれた時から兄は僕の兄として存在していたし、物心ついた時から僕は兄のことが好きだった。でも徐々に、その兄を好きだという僕の感情は、普通の兄弟に向ける愛とは違っていて、はばかられることだと気づいた。そして小学校六年生の時、誰もいないと思って入った家の脱衣所に、偶然風呂上がりで裸の兄がいて、生まれて初めてはっきりと性的な興奮を覚えた。僕が小学校低学年の時までは、まだ兄と一緒に楽しく風呂に入ったりもしていたのに、その時から僕はもう、自分の兄への感情から目を背けることができなくなった。
 兄弟だからってこんなことは許されない、犯罪だと思う。しかし、やめることはできない。ネットや雑誌で兄に似た人の写真を探してみる事もしたが、ある程度似ていても興奮しようがなかった。異性の肉体には少しは性的に興奮するし、それで中学の頃に付き合っていた女子とセックスもしたが、初めての性行為なのに妙に冷めた気持ちの自分がいることに気づいた。僕は実の兄とセックスがしたい。してはいけないと思いながら、階下の両親と向かいの部屋の兄が寝ていることをそっと確かめて、僕は兄のタオルのにおいを嗅ぎながらいつものように自慰行為をした。

「兄さん、おはよう。」
「おはよう、拓也。」
 翌朝、何もなかったかのようにリビングにいる兄と挨拶を交わした。兄の髪には寝癖がついてて、サイズの大きい寝巻のTシャツとハーフパンツから細い手足が伸びていた。スポーツや外出をあまりしないために肌は白く、まだ青年というよりは少年という形容が近かった。目の毒だ。近親の、家の中でくつろいだ格好に対してこう思ってしまう僕は、やはり頭がおかしいと思った。
「昨日はありがとう。少し分かるようになってきたよ。」
「兄さんは飲み込みが早いから、教えやすいよ。良かったら今日も、」
「いや、大丈夫だよ。拓也には拓也の勉強もあると思うし、自分で頑張ってみる。」
 弟に迷惑をかけまいと思ってそう兄は提案したのだろうけど、僕は落胆した。僕には学校の勉強は簡単すぎるくらい簡単なもので、授業中もこっそり高三ぶんの予習をしている。兄は文系で国立大学を志望しているから、それに合わせて勉強しているのだ。僕には進学するにあたって取り立てて目標はないし、いつからか兄に教えることだけが勉強のモチベーションになっていた。仕方ないから、図書館にでも行って期末で満点が取れるように少し発展した問題に取り組もうと思った。僕が定期考査や模試で学年一位を取ると、兄は本当に尊敬の念を持って褒めてくれるのだ。
「兄さんはそれしか食べないの?」
「うん、朝は眠くて……、」
「でも昼も夜も少ないじゃないか。」
「僕は拓也みたいに動かないから。そういえば、今朝は走るの?」
「うん、ちょっと今から走ってくる。」
「いってらっしゃい。」
 部活の朝練がない晴れた朝は、こうしてランニングをすることに決めている。机に向かってばかりいても体がなまるし、走ると少しは心が軽くなるような気がした。最近、自分の兄への欲求が日増しに大きくなっていると思う。昨日だって、兄の部屋に二人きりで、僕は兄の隣に座って勉強を教えたものだから、少しく理性を失いそうになった。兄は無邪気に僕の近くに寄るし、無防備な格好を晒している。当たり前だ、兄弟なんだから意識されるはずがない。せめて、同性にしても兄弟でなかったら少しは可能性があったのに、と、悔しい気持ちを振り切るように、僕はひたすら走った。

「多田、おはよう。」
「ん、おはよう。」
 二軒隣の多田の家を訪ねると、いかにも眠そうな顔をした多田がもそもそと出てきた。でも、きちんと制服を着て、リュックを背負っていた。
「おはよう、和明くん。眠そうだね。」
「おはようございます。昨日、遅くまで勉強していたので……。」
「えらいね。和明くんも優秀だからなあ。」
 兄が羨むようにいうと、多田の顔が少し強張った。多田は僕をライバル視しているところがあって、学業の成績だけでなく部活動や恋愛面でもそういうところがあった。僕は特別に多田に勝ちたいという気持ちはないのに、それでも毎回勝ってしまうので、彼に反感を持たれているということには薄々気づいていた。中学時代、僕に告白をしてきて付き合った女子が、多田が片思いをしていた相手であることをのちに唐突に知らされた。もっと先に言えば良かったのに、と僕は思ったが、多田には多田のプライドがあるのだろう。僕は、多田のことは好きでも嫌いでもなく、ただ昔馴染みだというだけだった。それでも表面上は友人のように互いに振る舞っているのが、何だかおかしかった。
「優也さんはどんな調子ですか。」
「うーん、拓也に教えてもらって数学はなんとなく分かってきたけど、それでも自信ないな。でも今日は、一人で頑張ってみようと思って。」
「加山は?」
「僕は図書館で自分の勉強をしようかなと思ってる。」
 兄弟だからっていつも一緒にいるわけでないのに、僕は兄と別の行動をすることが身を引き裂かれるようにつらかった。兄はそのことを何とも思っていないだろうし、むしろ、言わないだけで四六時中兄弟でベタベタしていることをおかしいと思っている可能性さえあった。そう想像しただけで僕は、気が狂いそうなくらいに不快な気持ちになった。
「今日は塾が休みなので、俺が教えましょうか?」
「えぇ!?さすがにそれは悪いよ。」
 珍しい多田の提案に兄は少し驚いたようだが、乗り気ではない返事をした。弟ならまだしも、優秀であるとはいえ年下に勉強を教えてもらうことに抵抗があるのだろうか。
「たまには優也さんと二人で話してみたいですし。」
 何となく、多田の目に嫌な光が宿っている気がした。邪推しすぎだ。と、自分でも思う。僕は兄のことになると途端にまともな思考力を失う。しかし多田は僕のことをよく思っていないのは確かで、兄に対してもいつも興味がなさそうな様子だったので、不思議だった。
「和明くんがそう言うなら。」
 兄は押しに弱いし、誰にしても第一に好意を持って接する。僕は兄のそんなところが好きで、同時に不安に思っていた。
「俺の家でいいですか?」
「うん、久々だね。そういえば、二人きりは初めてかも。いつも三人だったから。」
 悪気ない兄の言葉に、僕は目の前が赤くなるほどの嫉妬を覚えた。多田は古くから知っているけれど、それでも兄と仲良くしているのは見ていられない。そもそも多田が日頃から、僕のことは名字なのに、兄のことは名前で呼んでいることにすら苛ついているのだ。もし兄に恋人などできたら、自分はどうなってしまうんだろうと思った。それでも僕は兄に行くなとは言えず、”良い弟“らしく笑顔で兄を見送って家に帰った。
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