崩壊

いなぐ

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第一話-①:多田

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[友人:多田和明]


 俺には、幼馴染みがいる。幼稚園から一緒で今も同じ高校に通っている、同い年の加山拓也という男だ。特別に相性が良いわけでもないが、奇妙な運の巡り合わせでたまたま同じ学校に進学し、クラスや部活動も被ることが多かったので、気づいたら常に一緒にいるような仲になった。加山は優しくて落ち着いた、学業優秀な生徒だったので、生徒のみならず教師からも好かれていた。人好きのする笑顔を常に貼り付けている加山が、俺はずっと嫌いだった。
「もうすぐ期末考査だな。」
「ああ、もうそんな時期か。」
 とっくに梅雨に入ってもう夏休みも近い七月上旬、高校では一学期の期末考査が行われる。加山はどの教科においても上位で、総合順位一位の座を譲ったことはない。小学校高学年から塾に通い続けている俺は、いつも彼に勝てずに二番だった。
「どうせ俺はまた、中間の時みたいにお前に負けるんだろうけどさ。」
「えー、どうだろう。」
 加山は困ったように笑って見せた。その態度がまた俺をイラつかせた。いくら俺が努力しても、大して根を詰めて勉強していないように思える加山がはるか上を行く。彼自身はトップであることを望みもしていないくせに、その座から降りることはなかった。
「ああ、今日から兄さんと一緒に帰れるんだ。テスト期間で、部活動がないから。」
 普段浮かべているような薄っぺらい笑みでなく、加山は心から嬉しそうに微笑んで言った。加山と俺はサッカー部に所属していてほぼ毎日部活動があるが、テスト前は原則すべての部活動が休止される。加山には、二つ上、つまり同じ高校の三年生に兄がいて、気持ち悪いほどに仲が良いために一緒に帰れる時は帰っているのだ。
「本当にお前と優也さんって仲が良いよな。」
「うん。」
 加山と昔馴染みで、家が近いこともあって、俺は加山の兄、加山優也とも顔見知りだった。血の繋がった兄弟なだけあって雰囲気は似ているが、優也さんは加山より小柄で大人しそうな印象がある。昔から気弱で、弟に守ってもらっているような人だった。加山よりは嫌いでないが、やはり加山と血が繋がっていると考えると、苦手意識は拭いきれなかった。

「兄さん!」
 三年の教室に行くと、加山は人目をはばからずに大声で呼んだ。教室に残っていた生徒の目線は加山に集まるが、彼は気にしないといった様子で優也さんの元に駆け寄った。
「拓也。早かったね。」
「うん、授業が終わって真っ先に来たんだ。」
「和明くんも。こんにちは。」
「どうも。」
 会釈をすると、優也さんは柔らかく微笑んだ。笑顔は特によく似ている兄弟だと思った。優也さんは優也さんでマイペースだし、加山は兄のこととなると周りが見えなくなるので、完全に二人の世界を形成していて、毎度のことながら居づらかった。
「じゃあ、帰ろうか。」
「うん。」
 同じ家に帰るのに、わざわざ帰りを共にする意味がわからないなと思いながらも、家の近い俺はいつものように加山兄弟について行った。

 帰路、加山兄弟は本当にどうでも良いことを楽しげに話していた、先生の癖とかクラスメイトの失態とか、部活動の出来事とか。俺にも四つ下の弟がいるが、そこまで会話がない。仲が悪いわけでもなく良いわけでもない、どこにでもいる典型的な兄弟だ。だからこそ、二人の仲の良さは奇妙を通り越して異常とさえ思ってしまう。
「テストが近づいてきて憂鬱だな。最近、まったく数学の授業が理解できなくて……」
「僕が教えるよ、予習してるし。範囲はどこ?」
「えっと、……」
 弟に勉強を教えてもらうということを、兄である優也さんはまったく恥ずかしく思っていないようだった。優也さんはやはり、世間的に少しずれたおっとりしたところがある。俺が兄だったら、弟からそんな申し出をされたら屈辱的に感じて絶対に拒否しただろう。そもそも実力的に、加山はもっと偏差値の高い高校に進学できるはずだったのだ。俺だって、もっとレベルの高い高校の受験に失敗したために、この高校に通っているのだから。
「心配なんだ。この分じゃ大学に受からないんじゃないかって……」
「一年や二年、入るのが遅れたって大丈夫だよ。」
 気を落としている優也さんに対して加山は事もなげに言ったが、俺はもしや、加山は大学まで兄と同じところを受けようとしているのではないかと思った。加山はこの高校にでさえ単願で受けたため、中学校の教師陣からはだいぶ怒られたのだ、お前ならもっと良い高校に行ける、と散々言われていた。加山は何も口答えせずにただ意思を貫き通したが、俺は加山が、兄と一緒にいること以上に大切なことはない、と思ってでもいそうだと邪推していた。加山の行動基準の何もかもが兄で、兄が大学進学や就職、結婚などで加山の元を離れたらどうするのだろうといつも不思議に思っていた。それに、優也さんは悪い人ではないと思うが、加山ほど出来た人間が執着するほどの特別な魅力はないように感じていた。良くも悪くも平凡で、目立たない生徒の一人でしかない。顔も、よく見れば兄弟二人で似ている点があるものの、分かりやすく整っている加山に比べて、優也さんは柔和だが地味な顔立ちをしていた。下手すると、優秀な弟にバカにされそうなぼんやりしている兄だと、失礼ながら思っていた。
「和明くんは、今日は塾あるの?」
「あ、はい。」
「じゃあまた今度、遊びに来てね。」
「はあ。」
「さようなら。」
「さよなら。」
 笑顔で手を振る優也さんに、そっけなく返すと、優也さんの隣にいる加山は微妙な表情で固まっていて、俺の視線に気づくと慌てていつもの雑な笑顔を貼り付けた。何だか妙な違和感があったが、俺はまた二位の座を守るため、虚しく塾に向かった。
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