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【よりを戻して仲良く過ごす、そんな夫婦が見たいあなたへ】
04 一年後の約束
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それからのデイヴィスは、予想外に丁寧に私につき合ってくれた。
何度か一緒に飲むうちに、「ローザは、ワインなら二杯目くらいから顔が赤くなるから、だいぶ弱いと思うよ」と教えてくれる。
「飲むふりを覚えたほうがいいと思う」
「飲むふり?」
「そう、強い人と同じペースで飲むとつぶされてしまうから、雰囲気に合わせて自分も飲んでるふりをしておくんだ」
「なるほどね」
たしかに私の目的は、お酒を飲むことではなく、ワイン会で人脈をつくることだ。
デイヴィスは、真剣にアドバイスをしてくれる。
「マチルダ様にも、ローザがお酒に弱くてあまり量を飲めないことを伝えておいたほうがいいよ」
「そうね、無理強いをするような方ではないものね」
デイヴィスのアドバイスどおり、おいしいワインを少しだけ飲んで、あとは飲んでいるふりをしておくと、前のような失態は犯さないような気がする。
「ありがとう、デイヴィス」
私がお礼を言うと、デイヴィスはとても嬉しそうに微笑んだ。
「どういたしまして。なんでも言ってね。僕は君の役にたちたいんだ」
最近、デイヴィスの笑顔が増えたような気がする。
こうしたデイヴィスの協力もあり、マチルダ主催のワイン会では、私はほどよくワインを楽しみ、たくさんの人と交流することができた。
実際に、私がドレスをデザインする話がより具体的になり、「いっそのこと、店を出してはどうか?」という意見まで出てきている。
他にも、「女性たちが安全に働ける場所をつくりたい。女性の自立を支援したい」という私の夢物語に賛同してくれる人達も多くいた。
本来なら、バカにされるような考えを受け入れてもらえるのは、私が認められたのではなく、グラジオラス公爵家が私に全面協力してくれているおかげだとわかっている。でも、だからこそ、このチャンスを逃すわけにはいかない。
すべてが順調に進んでいく中、順調だからこそ、私は悩んでいることがあった。
それは、子どものことで、もし今、私が妊娠してしまうと、行動が大幅に制限されてしまう。しかも、安定期に入る前に、ゆれる馬車にのって動き回るのは、胎児にも母体にも良くないと言われていた。
どうすれば……という悩みではなく、私の中ですでに答えは決まっていた。
ただ『後継者つくりを先延ばしにしたい』という言葉は、ファルテール伯爵夫人の義務を放棄することになる。
デイヴィスには、以前に『離婚はしない』と伝えたけど、貴族の義務を先延ばしにしたいと望んでいる私は、もう伯爵夫人にふさわしくない。
そんなことを考えているうちに、気がつけば、デイヴィスの寝室へ向かう時間になっていた。
デイヴィスにお酒の飲み方を教えてもらってから、私たちは飲む練習やお互いの仕事の情報交換もかねて、ときどきデイヴィスの寝室でワインを飲んでいた。
デイヴィスは、いつも私の話を楽しそうに聞いてくれて、「すごいよ、ローザ!」とほめてくれたり、仕事のことで悩んでいたら、的確なアドバイスをくれたりする。
私自身も、デイヴィスが見逃していることを伝えたり、別視点の意見をいうことで、少しは彼の役にたてているようだ。
そういう流れで、最近になって、ようやく彼との時間を『楽しい』と思えるようになってきたのに。
それも今日で最後だ。
私は、ほんの少しだけ寂しさを感じながら、デイビィスの寝室の扉をノックした。
テーブルをはさんで私たちは向かい合う。
デイヴィスは何も言わず、ワイングラスにワインを注いでいる。
いつもはすぐに会話がはずむのに、今日はどちらも口を開かず、ただ静かな夜がふけていく。
「……デイヴィス」
名前を呼ばれたデイヴィスがビクリと身体をゆらした。
「話があるの」
「わかっているよ。だって、今日の君は、すごく真剣な顔をしているから」
デイヴィスは深いため息をつきながら、ワイングラスをテーブルに置いた。
「あまり聞きたくないんだけど?」
「お願い、聞いて」
デイヴィスは、顔を手でおおったあとに「君のお願いは断れない」と小さく笑う。
「あのね、私、今の仕事がとても楽しいの」
「うん」
「だから……」
困ったような顔をしているデイヴィスは、とても優しい目をしている。
「だから、今はまだ子どもがほしいと思えない。一年くらいかしら……仕事が落ち着くまで、あなたと寝室を共にしたくないの」
シンッと辺りが静まり返った。
静寂の中で、こちらを見つめるデイヴィスが「なんだ、そんなこと?」とつぶやく。
「そんなことって……私は貴族の義務を先延ばしにしようとしているわ。だから、もう私は伯爵夫人にはふさわしくな……」
『ふさわしくない』と言う前に、立ち上がったデイヴィスに手で口をふさがれた。
「ローザ、それは言わないで」
真剣なデイヴィスは、ハァとため息をついたあとに「僕は、てっきり、やっぱり離婚したいと言われるのかと思って……」と、泣きそうな顔をする。
「僕からすれば、後継者は必要だけど養子でもいい。君が側にいてくれるなら、それだけでいいんだ。だから、もう二度と『ふさわしくない』なんていわないで、いいね?」
私がコクリとうなずくと、デイヴィスは、私の口をふさいでいた手を離してくれた。
「ローザ、心配しないで。君の仕事が落ち着くまで、僕は何年でも待つから」
「あなたは、それでいいの?」
デイヴィスは、「僕は、それ『が』いいんだよ」と私の言葉を訂正した。
「デイヴィス……。ありがとう」
今の彼なら、もう一度だけ、信じてみてもいいのかもしれない。
「ローザ。ちょうどよい機会だから、この際に、僕がどれだけ君を愛しているか証明するよ。愛人なんて絶対につくらないからね」
自信満々のデイヴィスに、私はあきれてしまい「一年後、私の前で『やっぱりムリでした』って泣かないでね……?」といじわるを言ってしまった。
何度か一緒に飲むうちに、「ローザは、ワインなら二杯目くらいから顔が赤くなるから、だいぶ弱いと思うよ」と教えてくれる。
「飲むふりを覚えたほうがいいと思う」
「飲むふり?」
「そう、強い人と同じペースで飲むとつぶされてしまうから、雰囲気に合わせて自分も飲んでるふりをしておくんだ」
「なるほどね」
たしかに私の目的は、お酒を飲むことではなく、ワイン会で人脈をつくることだ。
デイヴィスは、真剣にアドバイスをしてくれる。
「マチルダ様にも、ローザがお酒に弱くてあまり量を飲めないことを伝えておいたほうがいいよ」
「そうね、無理強いをするような方ではないものね」
デイヴィスのアドバイスどおり、おいしいワインを少しだけ飲んで、あとは飲んでいるふりをしておくと、前のような失態は犯さないような気がする。
「ありがとう、デイヴィス」
私がお礼を言うと、デイヴィスはとても嬉しそうに微笑んだ。
「どういたしまして。なんでも言ってね。僕は君の役にたちたいんだ」
最近、デイヴィスの笑顔が増えたような気がする。
こうしたデイヴィスの協力もあり、マチルダ主催のワイン会では、私はほどよくワインを楽しみ、たくさんの人と交流することができた。
実際に、私がドレスをデザインする話がより具体的になり、「いっそのこと、店を出してはどうか?」という意見まで出てきている。
他にも、「女性たちが安全に働ける場所をつくりたい。女性の自立を支援したい」という私の夢物語に賛同してくれる人達も多くいた。
本来なら、バカにされるような考えを受け入れてもらえるのは、私が認められたのではなく、グラジオラス公爵家が私に全面協力してくれているおかげだとわかっている。でも、だからこそ、このチャンスを逃すわけにはいかない。
すべてが順調に進んでいく中、順調だからこそ、私は悩んでいることがあった。
それは、子どものことで、もし今、私が妊娠してしまうと、行動が大幅に制限されてしまう。しかも、安定期に入る前に、ゆれる馬車にのって動き回るのは、胎児にも母体にも良くないと言われていた。
どうすれば……という悩みではなく、私の中ですでに答えは決まっていた。
ただ『後継者つくりを先延ばしにしたい』という言葉は、ファルテール伯爵夫人の義務を放棄することになる。
デイヴィスには、以前に『離婚はしない』と伝えたけど、貴族の義務を先延ばしにしたいと望んでいる私は、もう伯爵夫人にふさわしくない。
そんなことを考えているうちに、気がつけば、デイヴィスの寝室へ向かう時間になっていた。
デイヴィスにお酒の飲み方を教えてもらってから、私たちは飲む練習やお互いの仕事の情報交換もかねて、ときどきデイヴィスの寝室でワインを飲んでいた。
デイヴィスは、いつも私の話を楽しそうに聞いてくれて、「すごいよ、ローザ!」とほめてくれたり、仕事のことで悩んでいたら、的確なアドバイスをくれたりする。
私自身も、デイヴィスが見逃していることを伝えたり、別視点の意見をいうことで、少しは彼の役にたてているようだ。
そういう流れで、最近になって、ようやく彼との時間を『楽しい』と思えるようになってきたのに。
それも今日で最後だ。
私は、ほんの少しだけ寂しさを感じながら、デイビィスの寝室の扉をノックした。
テーブルをはさんで私たちは向かい合う。
デイヴィスは何も言わず、ワイングラスにワインを注いでいる。
いつもはすぐに会話がはずむのに、今日はどちらも口を開かず、ただ静かな夜がふけていく。
「……デイヴィス」
名前を呼ばれたデイヴィスがビクリと身体をゆらした。
「話があるの」
「わかっているよ。だって、今日の君は、すごく真剣な顔をしているから」
デイヴィスは深いため息をつきながら、ワイングラスをテーブルに置いた。
「あまり聞きたくないんだけど?」
「お願い、聞いて」
デイヴィスは、顔を手でおおったあとに「君のお願いは断れない」と小さく笑う。
「あのね、私、今の仕事がとても楽しいの」
「うん」
「だから……」
困ったような顔をしているデイヴィスは、とても優しい目をしている。
「だから、今はまだ子どもがほしいと思えない。一年くらいかしら……仕事が落ち着くまで、あなたと寝室を共にしたくないの」
シンッと辺りが静まり返った。
静寂の中で、こちらを見つめるデイヴィスが「なんだ、そんなこと?」とつぶやく。
「そんなことって……私は貴族の義務を先延ばしにしようとしているわ。だから、もう私は伯爵夫人にはふさわしくな……」
『ふさわしくない』と言う前に、立ち上がったデイヴィスに手で口をふさがれた。
「ローザ、それは言わないで」
真剣なデイヴィスは、ハァとため息をついたあとに「僕は、てっきり、やっぱり離婚したいと言われるのかと思って……」と、泣きそうな顔をする。
「僕からすれば、後継者は必要だけど養子でもいい。君が側にいてくれるなら、それだけでいいんだ。だから、もう二度と『ふさわしくない』なんていわないで、いいね?」
私がコクリとうなずくと、デイヴィスは、私の口をふさいでいた手を離してくれた。
「ローザ、心配しないで。君の仕事が落ち着くまで、僕は何年でも待つから」
「あなたは、それでいいの?」
デイヴィスは、「僕は、それ『が』いいんだよ」と私の言葉を訂正した。
「デイヴィス……。ありがとう」
今の彼なら、もう一度だけ、信じてみてもいいのかもしれない。
「ローザ。ちょうどよい機会だから、この際に、僕がどれだけ君を愛しているか証明するよ。愛人なんて絶対につくらないからね」
自信満々のデイヴィスに、私はあきれてしまい「一年後、私の前で『やっぱりムリでした』って泣かないでね……?」といじわるを言ってしまった。
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