夏、僕はきみに出会う

芽亜莉

文字の大きさ
上 下
3 / 4

月明かり

しおりを挟む
今までは学校終わりだとか、早く済ませたくて午前中に入江に行っていた。
だが5年の歳月が経った今、ふと思い起こしたことがある。
記憶の中で人魚は月明かりに照らされていた。
それはつまり、人魚を見たのは夜ということになる。
だったら夜に行けば会えるのではないだろうか?なら実行に移すのみ。
早速今日の夜に入江へと向かうことにした。

21時。流石に村は寝静まっていて、民家の明かりもぽつぽつと言った感じだ。
早すぎても遅すぎても人魚に会えないような気がしたから、ちょうど良い時間帯のはずの21時にしてみた。
会えるだろうか。いや、会いたい。
そんな思いを胸に秘め、入江への道をトコトコ歩いていく。
途中、海岸が見える道に出た時だった。
潮風に乗って少し、血の臭いがした。
慌てて海岸の方に目を向けると、大学生ぐらいの男女数人が1人の女性の周りに集まっていた。
近くにはあの、なんて言うのか分からないけどバーベキューの時に使うグリル的なものが設置されていた。
その上に肉や野菜などが置いておらず、近くにバケツ、打ち上げ花火らしきものが置いてあることから、お開き前の花火でもやるつもりだったのだろう。
「ちょーー、やっば!!!!めっちゃ擦りむいてんじゃん。
誰かばんそことかティッシュとか消毒とか持ってないのー??」
1人の女性が大きな声で仲間に尋ねる。
恐らく怪我人が出るとは誰も思わなかったのだろう。
誰1人として持っていないようだった。
仕方ない、田舎者の携帯品を見せてやろう。
俺は急いで海岸に降りていき、大学生軍団に話しかけた。
「あの…俺消毒とか持ってるんで良かったら使ってください。」
そう言って走ってその場から逃げ出した。あんなことを思ったものの、俺は人と話すのは苦手だ。
渡すだけ渡してさっさと逃げるが良し。
逃げつつ方向を変えて入江へと向かう。
もうすぐ21時30分になってしまう。
なるべく早く確認してなるべく早く帰りたかった。
薄暗い道をスマホのライトで照らしながら進んでいく。
ぼんやりと、だけど確かに考えなければならないことを考える。
そう、いつかは、妄想だと区切りをつけなければならない。
会えないのに何年も通うなんてばからしい。
今は8月24日。
そろそろ夏も終わる。
明日で、通い始めて6年になる。
俺とてもうそろそろ人魚の姿も忘れてきている。
そろそろだろう。
そう俺自身に問いかけた。
明日で、通うのは終わりにしよう。
そう心に決めた時、入江に辿り着いた。
あの日見た岩に目を向ける。
そこに、人魚はいなかった。
ほらな、心のどこかで期待してても、所詮妄想だったんだ。もうやめよう。
明日、この入江に別れを告げて、通うのはやめよう。
海が運ぶ冷たい風に吹かれながらそう思った。
そして、帰ろうと決めて振り返ったその時だった。
「…帰っちゃうの?」
姿なんて見なくても、その声が持つ儚さは、妖しさは、
「…人魚…っ」
振り向いた時、人魚はあの記憶と同じように岩に座って、長い長い髪の毛をくるくるといじっていた。
そして切れ長の瞳をこちらに向けて、ふっと微笑んだ。
「大きくなったね。久しぶり。」
何度も願った。
1目でいい、1度だけでいい。
もう1度あの人魚に会えたなら、俺は全てを投げ出してもいいと。
不意に涙がこぼれおちた。
月明かりに照らされた人魚はあの日よりも、あの記憶よりも、今、消えてしまいそうなくらい、儚くて美しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...