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「はーい祐樹ちゃぁーーーん、こっちまでハイハイできるかなぁ?」
「ば、ばぶっばぶ、」
午後21時。とある繁華街のビルの2階の一室。俺は月に一度の楽しみを満喫していた。
黒髪ロングの前髪をサイドに分けている女性。彼女の広げている腕の中に四足歩行ハイハイで進んでいく。
「ゆうき」と丸文字で書かれた前掛けに、大人用の水色のロンパース。ここまで言えば分かるだろう。赤ちゃんプレイ、これは誰にも言えない俺の性癖。
「ぁ、ぁう、だぁ、ぅー、」
「はーい良い子です、ん?お腹すいたかな?」
「ぅー、うー、」
舌っ足らずな声で、手足をパタパタと動かせば、目の前には大人のお子様ランチ(3200円)が運ばれてくる。
「はーい、あーん。祐樹くん、この前はミルク(880円)だったのにね。固形物も食べられるようになって、えらいねぇ、」
冷凍ハンバーグにエビフライ、ほうれん草のペースト、ケチャップライスに申し訳程度の薄焼き卵。本物の赤ん坊はこんな脂ぎった物は食わないだろうが、そこはご愛嬌。
「はい、あーん、」
「ぁーう、んっ、っきゃ、きゃぁー」
「おいし?よかったぁー」
小さなプラスチックの丸スプーンにちんまりと乗せられて、口に運ばれる。一口、また一口と丁寧に、丁寧に。
「はい、さいご。あーーーえらいっ!!!全部たべれたねぇ!!!はーい、ケチャップふーきふーき、」
口に着いたケチャップを拭ってもらい、ギュッと抱きしめてもらい、背中を叩かれて、本日のコースは終わりである。
「はい、今回は90分コースで、ご飯オプション付きで、14200バブになりまーす、」
部屋を出た瞬間、ママと赤ちゃんから、店員とお客に戻る。まるで魔法が解けたみたいだ。
「祐樹くん、またおいで。行ってらっしゃい」
ああ、この甘い、子供に向けるような口調が堪らない。胸の奥がキュンとなって、口元がムズムズするような、そんな感覚。こんな事ばっかりしているから未だに彼女は居ないし、多分結婚もしないだろう。
「あー楽しかった。また来月まで頑張ろ」
俺の秘密がつつがなく終わり、さて帰ろう、とふわふわした気分んで夜風に当たっていた時だった。
「あーきづーき先輩っ、」
突然後ろから声をかけられる。声の主は、同じ会社の後輩の山口だった。
「お、おお山口。お疲れ様。今帰りか?」
「はい、大学の友人と飲んでて。先輩は?」
「俺もそんな感じ」
「えー?全然顔赤くないじゃないですか」
「まあ少しだけだったからな」
「赤ちゃんなのにお酒飲んじゃダメじゃないですか」
…………………え?こいつ、何て………?
「え、ぁ、なに、急に、」
「先輩分かりやすすぎ。あそこの階段から降りてるのが見えたんです。っへぇー…先輩にもそんな趣味が…」
「ちがっ、これは、」
「まあまあ先輩。素直になりましょうよ。ね?」
聞けば、前も俺があの建物に入るところを見たらしい。誤魔化そうにも俺はそこまで器用な人間では無い。真っ赤な顔がそれを物語っていると笑われた。
「それで?何をすれば許してくれる?」
「んー、そーだなー…あっ、じゃあ今日泊めてくださいよ。今から電車乗るのキツいっすわ」
「…分かったよ…」




「ほら入れ。小腹空いてないか?何か作るけど」
「こんなに面倒見の良い先輩が…赤ちゃん…」
「もうその話は良いだろ!!ほらコート預かるから…」
「赤ちゃんはそんな風に喋らないでしょう?」
え、誰こいつ。いつものおちゃらけた雰囲気がどこにもない。妙に余裕があって、それでいて声が柔らかい。
「祐樹くん、おいで」
狭い廊下を抜けてリビングに入った山口は、膝を崩して大きく腕を広げている。
「ほーら、こっちまでこれるかなー?」
早く言え自分。何やってるんだふざけるなって。先輩に向かってその口は何だって。調子に乗りすぎだ、弁えろって。いつもの会社の、しっかり者の秋月祐樹に戻れ。そう思うのに。
「…先輩?あと10秒したら辞めますからね」
「え、」
「あと10秒して何もしなければ、嫌なんだなってことでやめます。じゅーーー、きゅーーーー、」
言え。何言ってんだって。無視しろ。無視して風呂軽く洗って、沸かして、タオルと客人用の新品のパジャマと歯ブラシを出して、
「はーーーち、なーーーーな、」
あ、こいつ酔ってるんだな。全く、あれだけ飲み会の時には気をつけろって言ったのに。
「ろーーーく、ごーーーー、」
水と…あとはさっぱりした消化に良いものを軽く作ってやるか…
「よーーーーん、」
何で。何で足が動かない?何で山口の太ももから目を逸せない?
「さーーーん、」
ごくりと喉が鳴った。いやいやダメだろ。こんな三十路も近い男が。とんだ地獄絵図だろ。
「にーーーー、」
頭に中で警鐘が鳴っている。でも。コイツの甘い声が。幼子に話しかけるようなのんびりした口調が。
「いーーーーーち、」
4も離れた後輩の腹に抱きつく。今日の店みたいには出来なくて、腰が引けて若干空洞ができている。
「ここまで来れた。良い子です」
離れた顔を腹にそっと寄せられ頭を撫でられた瞬間、電流が走ったかのように満たされる心地がした。でちゅ、だのばぶ、だのといった「赤ちゃんもどき」ではない。撫でられる頭、背中がみるみる弛緩するのがわかる。
「ねんねしたいねぇ、でもお風呂入らなきゃだね」
こいつは後輩で、俺は三十路。頭ではわかってる。分かっているけどこの温もりを離したくない。もっとこの腕に包まれて、甘えたい。
「おふろあわあわ、がんばれますか?」
「ぁ、う、」
言って、顔が熱くなった。
「いいお返事。さっぱりしよねぇー」
俺のふにゃふにゃな返事をしっかり褒めた山口は、ひとしきり俺の頭を撫でた後、俺のきていた硬いスーツのボタンを緩め始めた。
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