完結)余りもの同士、仲よくしましょう

オリハルコン陸

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別れ

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いつものように、そう…もういつものようにベッドの上で丸まって、彼のことを考えては涙を流す。

新たな日課に自分でも嫌気がさすけれど、気づくと頬を涙が伝っているのでどうせベッドに逆戻りすることになるのだ。

どうしてこんなに…

前の婚約者の時は、実際に婚約を解消されてもここまで悲しくはなかった。振られたのが悲しいというより、どちらかと言うと自分を否定されたショックの方が大きかった。
でも今回は、彼に嫌われたらと想像するだけで…


その時、不意にドアがノックされた。

「失礼します」

侍女の声と、二人分の足音。
少しの間、押し問答をするような気配。
そして

「………ドアは開けておきます。私はドアのすぐ側におりますので」

緊張した侍女の硬い声。
それと

「ああ、わかっている。ご当主の許可は得ているから心配しないでくれ。ただ…少し込み入った話になるかもしれないから、見られたくないし聞かれたくない」

久しぶりの、彼の…声……

「かしこまりました」

侍女が出て行った。
ドアの閉まる音はしない。

え…彼……?
……………寝室に………!?

慌ててガバリと起き上がると、ずっと私の頭を占めていた彼がいた。
そして私を見て眉をひそめた。

「なんだ。本当に具合が悪そうだな」

「え……」

「…正直、避けられているのかと思っていた」

「っ……」

気まずさから思わず俯いて、シーツをぎゅっと握りしめる。
彼は黙って、ベッド脇の椅子を引いて腰掛けた。
逆向きに。

椅子に跨って、背もたれに腕を乗せ、その上に顎を乗せるような行儀の悪い格好。
らしくない行動に、つい目を瞬いて凝視する。
彼が苦笑した。

「間に何か障害物でもないと不安でな」

何かに耐えるような苦い笑顔。
何を…言うつもりなのだろう…?
何を…言われるのだろう…
何を…聞かれるのだろう…
ずっと彼からの誘いを断っていた理由…?
それとも………もう愛想が尽きた…とか…?

今まで彼の誘いを断り続けていたのは自分なのに、急に不安が膨れ上がった。

彼が口を開く。
何を言われるのかわからなくて、思わず怯えて震えてしまう。
彼がそれに気づいて口を閉じた。

そして…躊躇いがちにもう一度口を開いた。

「婚約を…」

また口を閉じて言い淀んで。
でも続けた。

「婚約を解消した方がいいのだろうか…」

半ば独り言のような呟き。
硬い表情。
何を考えているのか窺わせない静かな彼の瞳が、こちらを見ている。
じっと探るように。

「君はやはり……俺を避けているだろう?」

思わず動揺で目が泳いだ。
違う、とは言えなかった。
あれからずっと、彼を避けていたのは事実だから。
でも避けたくて避けていた訳でもなかったから認めたくなくて、ぎゅっと唇を噛んだ。
そんな私を見て、彼が大きく首を振った。

「……………俺に不満があるのなら………仕方がない……」

そして長い長いため息。
気が進まなそうな。
でも…

「仕方がない」その言葉に、思わず涙が零れた。

諦めるのか…彼は…そんな言葉一つで、私との結婚を諦めてしまえるのか…
そう思ったら、涙が止まらなくなった。
彼が驚いたような顔で、突然泣き出した私を凝視する。

「っ…ごめんなさい……」

泣いたりして。
所詮、貴族の結婚なのだからと割り切って、彼に愛されたいなどとバカなことを考えないで、ただ『妻』としての義務を果たせばいいだけなのに…

「…ごめんなさい……」

あなたから愛されたいと…望んでしまって……
そんな過ぎた願い…
彼にとって私は、他の男の元に行ってしまった婚約者の代わりの女。
「仕方がない」の一言で、簡単に諦めてしまえる程度の女なのに…

「ごめんなさい………」

こんな気持ち、あなたは望んでないのに………

「…っ……」

彼が歯をくいしばった。

「………わかった……君にその気がないのなら…………仕方がない」

彼が握った椅子の背が、ミシリと音を立てた。
繰り返される「仕方がない」の言葉が、悲しくてたまらない。
けれど、その態度に微かな疑問が湧いた。

彼のそれは、嫌だと言うなら他の女を探すまでだと割り切っている態度ではないような…
こんな、急に理由も言わずに婚約者を避けるような面倒な女なら、結婚しなくて正解だと思っている感じではないような…
むしろ無理矢理自分に言い聞かせているような…

そう思いかけて、自分に都合のいいように考えそうになっていることに気づいた。
きっと婚約の解消を、喜び勇んで告げる訳にはいかないから…だからそんな態度を……
…彼は…結婚の約束をしていた女の子を、あんなにも冷たく切り捨ててしまえる人なんだから…でも…もし彼が……

混乱する。
彼の気持ちがわからなくて。
表情から気持ちを読み取れないかとじっと見つめると、大きく顔を歪められた。

「っ…そんな顔で俺を惑わすなっ!」

惑わす…?

わからない。
わからないけれど、何か大きな誤解をしてしまっているような気がする。何か、とても大きな見落としをしてしまっているような。
けれどそれが何かわからない…。

「ジェイ……」

もどかしくて思わず名を呼んだ。
途端にキツく睨まれる。

「その名で呼ぶなっ…」

ビクリと震えて口をつぐんだ。
いつも、呼ぶたびに嬉しそうに笑ってくれていた愛称。
…もう、こう呼ぶことも許されなーー

「俺のことなど、何とも思っていない癖にっ…」

え……?

椅子から立ち上がった彼を呆然と見上げる。何でそんな…まるで私のことが好きみたいな言い方…
それとも、あれだけ優しくしてやったのにっていう怒り?
でも彼はそんな人では…

………私が彼の何を知っているというの?
何度も会ったのに、あんなに冷たい彼の一面に気づかなかったのに…
今でも…信じられないくらいなのに…

わからない

彼のことがわからない……

どうしてそんな顔をしているの……

混乱する私に彼が近づいた。
無言で見下ろされる。
大きな身体を屈めて、ベッドに手をついた。
ギシリと枠が軋む。

私を睨みつける瞳。
いつも優しい光を宿していた瞳が、今は怒りを湛えている。
思わずビクリと震える。
彼の顔がスッと近づいた。
唇が触れそうなほど近くに。


「好きだった」


吐息が唇にかかった。
と思った時には、彼はもう身を翻していた。
背を向けたまま彼が呟く。

「婚約解消の手続きはきちんと進める。心配するな」

そして、呼び止める間も無く出て行ってしまった。

私は…動けなかった…。


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