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一回目

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広場は大勢の人で賑わっていた。

「これから僕らは、彼らから見えなくなる」

彼がそう言った途端、日が陰ったように暗くなり周りの景色が変わった。

広場は見えているのだけれど、そこに重なっておかしな色の荒野が見える。
赤黒くひび割れた大地に、ポツンポツンと生える枯れた木。
濁った黄色の不気味な空。
それとたくさんの鳥。

赤い目をした、異様な雰囲気を放つ黒い鳥がいた。地面に、木の枝に、空に。無数にいて、じっとこちらを見ている。
思わず悲鳴を漏らすと、彼が安心させるように少し笑った。

「大丈夫だよ。彼らは僕らには触れられない」

落ちつき払った彼の様子に、「大丈夫」と心の中で呟きながら、ゆっくり呼吸を繰り返す。
彼は私に頷いて、握っていた手をそっと離した。そして懐から拳ほどの大きさの、小さな木片を取りだした。
淡く光る不思議な木の欠片。それをスッと空に掲げた。

強くはないけれど不思議と惹きつけられる光が辺りを照らす。
柔らかで暖かな光。
見ているだけで守られている気持ちになるような、安心する光。

けれど鳥たちは、その光を恐れるかのように羽ばたいて少し距離をとった。ギャアギャアとうるさい鳴き声を上げながら。
それでもそれ以上は離れずに、じっとこちらを見ている。

彼がそっと目を閉じた。
その途端に彼の雰囲気が変わった。とても神秘的なものに。
空気がふわりと動いた。

青年が小声で何かを呟いている。
聞いたことのない言葉。
呪文、だろうか。
一定のリズムを刻みながら、彼は言葉を紡いでいく。
時間が経つごとに、木片の光が強さを増していく。
彼は言葉をいったん切ると、大きく息を吸い込んだ。

「古の盟約に従い贄を捧げる!受け取り速やかにこの地から去れ!」

高らかな声が響いた。
大きく力強い声。
そこだけは、何故か言葉として理解できた。知らない言語の筈なのに。

掲げられた木片が強く光って、辺りを真っ白く覆いつくす。眩しくて、反射的に目を閉じる。
その瞬間、ブツンと何かが右の手首で千切れるような感じがした。
そして痛いほどの静寂。

震える私の肩を、青年の手が宥めるようにゆっくりと撫でてくれた。それでどうにか、叫び出したいのをこらえることができた。

どれくらいそうしていたのだろう。
不意に、空を旋回していた鳥たちが遠くの方へ向かって飛び始めた。地面や木の上にいた鳥たちも、飛び立って後を追う。遠くへと去っていく。
空気を揺るがし大きな羽音と鳴き声を残して。一羽残らず。

鳥の姿が消えると、世界の色が変わった。
大地は茶色くなり、空も青くなった。
普通の色を、取り戻した。


二重になっていた景色の片方が薄れ、広場のざわめきが戻ってくる。
そして、重なっていた景色は完全に消えた。

思わず右手を握ろうとした。
……動かない。
焦って青年を見上げる。
青年は頷くと、私の背中を押して広場の隅へと移動した。

縁石に私を座らせて、隣に腰を下ろした青年が私の右手を両手でそっと包んだ。
手首から指の先へと、暖かい何かが流れ込んでくる。そして、手首から先の感覚が戻った。
…繋ぎ、直された。
そう理解した。

もう一度握ってみる。
…今度は動いた。
ほっと息を吐いて、何度か握り直してみる。
ちゃんと動く。
けれど、何故か自分の手ではないような不思議な感覚。
これが、彼が言っていた「私のものではなくなる」ということなのか。

その後、彼が説明してくれた。
私の右手は喰われてしまったのだと。あの鳥たちに。
場に溜まってしまった澱みを払うための贄として、彼があの鳥たちに差し出したのだと。

今ここにあるのは、ただの脱け殻。
あの鳥たちの食べ残し。

でもそれで十分だ。ちゃんと動くのだから。
そう強がってみる。
何度も手を握って感触を確かめる。
そう、ちゃんと動く。

「ジュリア、大丈夫かい?」

青年の、心配そうな瞳。
コクリと頷いた。
大丈夫だ。
彼がいてくれる。
だから私は大丈夫だ。

「平気…です」

怖いけれど。
私の右手があの不気味な鳥たちに喰われ、彼らの一部になったのだと思うと怖いけれど。

でも私には彼がいてくれる。
私が死ぬその瞬間まで、多分側にいてくれる。

だったら構わない。
化け物に腕を、脚を、腹を喰われようとも。
彼が最後の瞬間まで側にいてくれるのなら。
もう二度と、一人にならないで済むのなら。


私は構わない。

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